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特定非営利活動法人 市民科学研究室 代表理事 上田昌文さん(その2)

(特活)国際理解教育センター
日立環境財団プロジェクトチーム
聞き取り調査

実施日時:2012年2月25日(月)10:00~12:30
対象:特定非営利活動法人 市民科学研究室 代表理事 上田昌文氏
聞き取り調査者:角田季美枝、角田尚子、福田紀子


2. 現在の日本社会におけるリスクコミュニケーションについて、何が課題と思われますか?

3.11以降の被災や汚染に特化した活動とからめて、いくつか課題と思われるものを紹介しましょう。

3.11以降の被災や汚染などに特化した活動としては放射線被曝、がれきなどについて問題提起されています。約80人の人が参加している会員メーリングリストで、多少なりともそういう分野の知識をもっている人がいろいろアイデアを出してくれます。そうすると、専門家に聞きましょうという前の段階で、そういうところから貴重な情報が得られたりすることもあります。そういうネットワークを手がかりに専門家とのつながりをつくることができる基盤があるということです。

放射線リスクに関する緊急セミナー、ホームページでの「震災救援」のコーナーでの情報発信、「市民科学講座」で公開の場での議論機会の提供、「市民科学談話会」での、当事者や関係者を招いての少人数でセミクローズドな徹底した議論、他団体との連携による取り組みなどもおこなっています。

●研究グループの研究から

個々の研究グループに特化した活動ではたとえば、2年前にできた住環境研究プロジェクトのメンバーが大槌町の漁業関係者と縁があり、大槌町の住宅再建の方法を研究しました。大槌町に足を運んで住民の意見を聞き取りました。

土地制度の問題が根幹にあって、家が流されても土地の所有権が残っているため、公共的な視点で大規模なまちづくりができないことをつきとめて、具体的な提案をまとめましたが、大槌町の政治状況の関係で提案の実現はできていません(*補足情報4)。かかわってくれた専門家の人も含めて、震災後の住まいのあり方のアイデアをまとめて本にしようということを計画しています。

そのほか、三陸湾と東京湾の漁師の震災後の暮らし、震災後のコミュニティFMの力の下支えの必要性、水インフラの問題、エネルギーの問題など、いろいろ提案したい内容があります。たとえば、日本では、コジェネ技術などエネルギー技術がいろいろな分野で開発されているのですが、市民がそれを一覧する機会が少ない。太陽熱で温水をつくるのと太陽光パネルで温水を作るのとどちらが効率がよいのかなど、市民にとって身近なことなのに定量的に示されていませんし、体験できる場もありませんので、そういうような活動ができればいいなと思っています。

●内部から変えられない原子力の状況

マスコミの論調が、原子力について、御用学者かそうでないか、原発推進か脱原発かなど二項対立的になっています。原子力の内部にいる人は外にいったらたたかれると思っているが、原子力ムラに問題があることもよくわかっているという、濃厚なジレンマを感じていて、人によってはひきこもってしまって出てこないといううわさも聞いています。これはどうにかしないといけないということで、友人のツテを通じて場をつくってもらって、原子力関連の専門家、原子力委員会の委員の方、そして大学院生、学生などに集まってもらって率直にオフレコでしゃべってもらうことをしました。

今後、原子力をやめていくにしても核廃棄物などは残るわけですし、どう体制を変えるのか、内部の人に考えてもらい外部の人とやりとりしてもらう場を作る必要があります。学会で発表しましたが、この問題は非常にむずかしい。利権がちがちの構造を脱却しないといけないが、研究者は自分の研究を残していきたい、今後の研究資金はどうなるのか、という心配をしている。しかし研究を全体にどう変えていったらいいのか話し合いの場がなく、経済産業省の審議会などで決めてもらえば従うというように、内部からこう変えていきたいということがない。非常に問題なのです。

●お母さんの発案で始まった「放射能に関する親子ワークショップ」

私は放射能の専門家ではありませんが、5年前から低線量被曝の研究会を組織して勉強ををしていたため、ICRPの勧告、ECRRの報告書など読んでいてバックグラウンドができていたので、今回の事故がおこってリスクをどうしたらいいのかという講演を各地でする機会も増えました。

その中で、世田谷のお母さんからリクエストがあって、放射能について子ども自身がいい形で知っていく形を考えられないかということで、親子ワークショップを世田谷でおこないました。

親子10組、2時間ぐらいで5回ほど実施しています。最大20組ならできるかもしれません。

ワークショップでは、ふだん感じている、考えていることをいろいろ出してもらってそこから組み立てます。子どもから引き出す面が大きいので決まりきったことを教えるタイプではありません。最後は子どもたち自身が自分で測定して自分で考えてもらったり、さらに親だけ残ってもらって質疑応答しながら考えることをしています。

具体的な内容ですが、食べ物のことをどう伝えたらいいかと考えて、買い物で考えてもらっています。

「いまからいろいろな食材を見せますので、お母さんと買い物リストをつくってみてください」

そして、実際に作ったリストに、実測したデータをあてはめて、1回の食事、買い物で何ベクレルぐらいになるかお互いの買い物リストで比較してみましょうと進めます。グループによって差が出ます。なぜそうなるのかの話し合いを進めます。

この内容はけっこう実用的で、やってみて非常に好評のようです。

お母さんのアイデアが結構大きくて、地域で子どもたちを守ろうという経験が生かされていておもしろいと思います。

放射能がらみではあと2つ行った活動があります。

●実現後に問題がおこった「福島の子どものフィルムバッチ調査」

ひとつは福島の子どもたちにフィルムバッチを持ってもらうことです。伊達市で実現し、その後福島市にも広がりました。子どもたちは線量の高いところで生活をしています。将来的なことを考えると、どれぐらい浴びるのか把握しておかないといけません。医療関係の人がもつクイックセルバッチをある期間つけておいてフィルムを送って累積線量を計算してもらうのであればいいのではないかと考えました。

そこで、バッチをたくさん借りるとどれぐらい費用がかかるか企業に問い合わせたところ、事態も事態だから安くできますといってくれました。これなら市議会にもっていってもいけるのではないかと、福島に講演に行ったときに呼んでくれた人がいろいろなつながりをもっていたので、その方の友人であるPTAの会長さんを通して知り合いの市議さんに提案してもらったところ、伊達市で通ったのです。伊達で通ったので福島市でも、というわけで、はるかに大きい規模のお金で子どもたちに線量計をもたせることができたのです。

しかし、実現したけれどいろいろ問題が生じています。地域によっては、ある線量以上の高い結果を示さないとデータは教えませんなどとなっています。あとあとのケアの参考にするために子どもたちにずっとつけてもらわないといけませんので、協力が必要ですし、それが大前提というか、きちんとした諒解がないとだめなのに。

子どもたちを安心させるために使っているのに、高い線量以外なら問題ないですよ、となっていて、批判がつづいています。親たちからは「子どもたちをモルモットにするのか、データだけとるのか」という批判が当然出てきています。

それは福島県民健康管理調査のリーダーが山下俊一さんであるということにも関係しています。ああいう人をトップに据えての調査でほんとうにちゃんとやってもらえるのかと批判があって、県民健康管理調査の問診票の回収は2割程度と聞いています。これではデータとして使えないのではと不安になります。そういう中で、クイックセルバッチの調査が組み込まれているわけです。

問題は、個人にデータを戻すなどのルールを市議会が文書化して残してしなかったことにあります。倫理委員会をつくるなどの経験がないから、そのあたりが曖昧になってしまったように見受けられます。

福島の子どもたちの健康をどういう視点から調べてどういうケアが必要なのかを含めて全体で納得してもらえるか、本当に問われていると思います。福島に関してリスクをどうとらえるか、リスクで統一的見解を出しにくいにしても、社会的なケアを含めてどういう対処をしていったらいいのかを考える必要があります。政府なり責任ある機関がどう動いたら、人びとが本当の意味で的確に反応して安心感をもって対処してくれるのか、ということの見通しが甘すぎます。

この県民健康管理調査に20年間782億円の資金を投じることになっていて、かつてABCC(原爆傷害調査委員会)が中心になって行われた広島・長崎の日米合同原爆調査の延長線上に位置づけることができるものです。健康管理調査のデータの出し方などを見た上で質問状や意見書を出しています(*補足情報5)。一歩一歩するしかありません。

●食品の放射能汚染測定データのメタ解析を通じた提案

自治体、市民団体などいろいろなところが、食品の放射能汚染の測定活動を実施されていますが、測定の精度や結果をどう判断するかについてもいろいろです。

またデータを見ていくと、農作物の中に放射能が容易に入るものではないこともわかります。測定の合理化も考えていけるわけです。どういう土壌なら移行しやすいか、植物のどの部分にたまりやすいかなど、データがつみあがりつつあります。そういう状況をみたうえで、細かい産地別、植物の品目別などみて何に出て何に出ないという科学的根拠をみていくことができるようになります。

市民研では「大地を守る会」と提携して、また、これは農業関係者にとってはきわめて深刻な問題なので、いろいろな自治体が農業試験所などでデータをとってインターネットで公表していますので、それも含めて解析していきたい。そして、2012年はこのしらみつぶしの計測をやめて、重点的な計測をしようという提案をしたいと思っています。

また、これは消費者にどう伝えるかも伴います。「これは測定をやめます」といったら、「困るよ。出てきたらどうする?」と返ってくるのは当然予測されるわけです。しかし、科学的根拠やデータを示したら、納得してもらえると思います。これは本当にリスクコミュニケーションになるのではないでしょうか。

幸い、科学技術社会論学会による2011年度「柿内賢信記念賞研究助成金」の実践部門での助成を受けることができたので、「食品放射能汚染の計測の合理化・適正化に関する社会実験的研究」をする予定です(研究期間1年、助成額50万円)。ここ2~3か月で提案できるようにしたいと思っています(*捕捉情報6)。

科学者はデータをいじることは上手ですが、メタにデータを解析できる視点がありません。また、どう公表したらどういう意味を社会にもたらすのかという考察をすることもしていません。そこにふみこんできっちりすることが市民科学です。

今回のようなことが起こると、大地を守る会のような自主グループの会員さんたちは政府の基準を信用しませんので、大地を守る会独自基準が必要になります。つまり、独自のサイエンスの活用がいることになります。

しかし、大地を守る会はそこまで踏み込むことができません。測ることは測る、すごくお金をかけてたくさんデータをとっているのですが、どういうふうに見ていったらいいのか自分たちにはよくわからないわけです。

大学にいる研究者が大地を守る会のデータをみていくことができればいいのですが、そういう関係がそもそもありませんし、大地を守る会にしても、どこに依頼したらいいのかわからないという状況です。

そこで市民研の食のグループの5人で取り組んでいます。メンバーには専門性はありませんが、食のリスクについて議論してきたので、まずは既存の公表されたデータからどういう品目にどういうパターンで出るかを分析してもらっているところです。

数が多いから人海戦術的にグラフをつくっていくしかありません。どういうファクターが放射能に影響があるかをみていこうとしています。

試行錯誤でやりながら、この品目に関してはこういう育て方をしていくとこういう出方で出るぞ~ということは見えてきたように感じます。もちろん、わからない部分もけっこう残ると思います。

放射能の代謝はいろいろわかっていますが、いろいろなファクターがあって一般化できないことが問題です。チェルノブイリのデータで判断できないこともいっぱいあります。

そして、消費者にどう伝えるかは検討中の課題です。科学的に整理されたデータをそのまま見せてもしようがありません。どういうふうに納得してもらえるか。とくに農家の人は自分がつくっているから、「もう出ないですよ」と結果だけいわれても納得しないでしょう。

結果だけで判断をするのではなく、データをみて判断能力、データを見る力をつける事が大事かなと。

農家の方は出る・出ないにものすごく関心をもっているので、自分ですごく勉強をしています。ですので、化学を学んでいないのに、質問がマニアックで、そうかそんなことまで考えられるのかと感心させられます。そういう人はコミュニケーションの地盤ができていてこちらのいうことがぱっと通じるのではないかと思うのです。とくに生産者と消費者の関係が近いような場合、コミュニケーションをしやすいのではないかと思うので、そこをモデルにしてやってみようと思っています。

専門性を持ってやっている部署は、市民と対話する回路をもっていません。自分たちの研究がどう応用されるかというルートは決まっているので、そのルートにのって情報のやりとりをしているところがほとんどです。いったんリスクなり事故なり社会的に大きな事象が起こった場合、どう対処するのかというと、いわば外部にお任せ状態だったわけです。担当セクションがあるでしょうということで。しかし、今回の放射能に関しては担当セクションも知らない、わからないような問題です。

それぞれ関係している部署がどうつながって動かないといけないかという設計が実はできていなかったということが、露骨に見えてきたわけです。

多少なりとも生産者と消費者の顔が近いところで、自分の関心に応じて自主測定して情報発信するところがたくさん出てきた。そこに私たちがのりこんでいって、どういうやり方をしているか、どういう仕事をしたときにうまくいったのかを調べて、それをさきほどの大きな社会全体で回路がずたずたになっているところに持ちかけていきましょうと。そういう方法というか視点が大事と思っています。

それは地域のなかで、リスクの問題に限らず、生産と消費、開発と応用というように、距離が比較的近いような動き方をしているところは、リスクの問題を生じたときの動き方のモデルとして考えることができるのではないか、そこで起こったことの事象をうまくひろげていく方法を考えていけばいいと思っています。

問題なのは、消費者が個人防衛的にリスクに対処していることです。それは、国の言っていることを信じられない、また自分には科学的なデータを読む力もない。それであればまず身をまもれ、子どもを守れとリスクゼロに限りなく近いところに走りこんで行くわけです。問題なのは、そういう行動が社会にとってどういう影響が出るのか視野にないことです。

そういうふうになる前に、本当は話し合いがいるわけです。そういうことをしようと思ってもできない人もいるし、避難だって個人でできない人もいるわけです。個人に勝手にやってくれ、では話が終わらないのです。

●2012年6月に市民科学国際会議を開催

今年の6月23-24日、放射線防護に関する市民科学者国際会議を開催しようと計画しています(*補足情報7)。

低線量のことをどう考えるか、日本のデータを海外の研究者が見たらどう見るか、福島でどういうケアが必要か、海外の研究者を含めて公平中立にオープンに討論できる場をつくろうということを提案したいと思っています。

補足情報(4)
住環境研究会の大槌町復興に関する活動については、以下を参照してください。
http://archives.shiminkagaku.org/archives/2011/07/post-272.html
http://archives.shiminkagaku.org/archives/2011/07/post-267.html

補足情報(5)
市民科学研究室は、福島県県民健康調査については、福島県知事宛に「県民健康管理調査に関する要望書」を2011年7月12日付で提出しました。
詳細は以下を参照してください。
http://archives.shiminkagaku.org/archives/2011/09/post-274.html
http://blogs.shiminkagaku.org/shiminkagaku/2011/09/post-57.html
http://blogs.shiminkagaku.org/shiminkagaku/2011/09/post-65.html

補足情報(6)
詳細は以下を参照してください。
http://archives.shiminkagaku.org/archives/2011/12/post-283.html

補足情報(7)
放射線防護に関する市民科学者国際会議の呼びかけ文(日本語・英語)は、以下を参照してください。
http://blogs.shiminkagaku.org/shiminkagaku/2012/03/20126.html

(その3につづく)

# by focusonrisk | 2012-04-04 11:31 | 聞き取り調査

特定非営利活動法人 市民科学研究室 代表理事 上田昌文さん(その1)

(特活)国際理解教育センター
日立環境財団プロジェクトチーム
聞き取り調査

実施日時:2012年2月25日(月)10:00~12:30
対象:特定非営利活動法人 市民科学研究室 代表理事 上田昌文氏
聞き取り調査者:角田季美枝、角田尚子、福田紀子

1. 日本社会の状況に対して、貴団体・組織がめざす貢献は何ですか? また、これまでの貴団体・組織の実践から、学んだこと、今後に活かしたいことは何ですか?

●市民科学研究室の活動について

市民科学研究室(以下、市民研と略)は、もともと「科学と社会」について考える個人的な勉強会(「科学と社会を考える土曜講座」)として、1992年から始めて組織化していき、2005年に特定非営利活動法人となりました。20年間活動していても現在、会員は262人という小さな団体です。ただ長年支えてくださる方がいるので、私がひとり専属でかかわり、有給の事務局スタッフが1人いて週2~3日来ています。理事は基本的にボランティアで10人います。

科学技術は一般の市民の視点や生活で問題化されていません。科学技術の先端にも切り込める市民を育てたいという思いで活動を展開しています。活動は調査研究、子ども料理科学教室、学習会の講師などさまざまです。

現在の調査研究グループは7つ。ナノテクと社会、環境電磁界、生命操作・未来身体、低線量被曝、住環境、食の総合科学、科学コミュニケーションツールでおこなっています。きょうの午後おこなう生活習慣病予防ゲーム「ネゴシエート・キラー」は科学コミュニケーションツールの研究グループで研究開発したものです。

研究グループの研究は、専門家を集めて進めるのではなく、一般市民に対してこのような研究を行いたいとメンバーを公募します。メンバーが話し合ったうえでテーマを決めて、それぞれ月1~2回のペースで会合をもち、1年、2年かけて自分たちで調査して見つけた成果を公表する、提言としてまとめるという方法でおこなっています。大学のように恒常的に研究費がとれるわけでも、実験装置があってオリジナルのデータをとることができることもありませんが、状況に応じて自分たちで工夫して進めるというような方法であっても、科学技術の先端にあるものでも切り込むことができます。

というのは、社会との接点で技術が引き起こす問題に対しては、研究が手薄だったり、大学の研究でも抜けていたり、市民の視点に立って問題化されていないからです。(*補足情報1)

●「リビングサイエンス」という考え方

市民科学という私たちの立場がどういうものか説明しましょう。

台所という場所を考えると、台所は、ごみの問題、水の問題、GM(遺伝子組み換え農作物)の問題など全部がつながって見える場所ではあります。ところが、社会的には食うものをつくるところという位置づけになっています。実際は台所と社会のつながりをたどっていくと、科学面を含めていろいろな要素が入ってくるにもかかわらず、社会的機能としては単純化された場所になっているのです。

つながりをちゃんと見せていくと、たとえば、水のことが気になるなら、台所から変えていくことができるということがわかります。社会といろいろな技術のつながりを、「そこ」を起点にして見ることによって、社会をより良く変えていくルートを見出していくことができるのです。

そういう発想でとらえようというのが市民科学研究室でつかっている概念のひとつで、リビングサイエンスといっています。身近な生活を基点にして、物事を見ていくということですね。(*補足情報2)

●消費者の代表と研究者が前もって議論する

ナノテクノロジーの研究のなかでナノフードを取り上げました。開発している企業はいろいろ知っているが、消費者は知らないのです。下手に伝えると「ナノフードはすべて危ない」となってしまいます。そこで、テクノロジーアセスメントで専門家、企業の開発部門と議論をする機会をつくり、2年間、議論しました。

そういうことからわかってきたのは、消費者といっても一般市民に向けてある情報をボーンと発信したらいいという問題ではなく、研究開発途上のものについては、消費者の代表に集まってもらってじっくり勉強してもらって、それで専門家とやりとりすることをしないとまずいということです。

そこでNACS(日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会)の人たちに動いてもらって7~8人の研究会をつくり、企業の開発部門がプレゼンし、NACSの人が見てわからないことを質問することを繰り返すというやり方で議論し、ナノテク食品を開発するのであれば、社会的に気をつけないといけないという点を提言しました(*補足情報3)。

これを消費者教育というべきかどうかわかりませんが、消費者にとってまだ十分よく知らないこと、けれどもリスクがあるかもしれないことについて、前もってどうやって受け止めて、いい形で社会で議論するようにもっていくか、検討がが必要だということです。

消費者が「賢い消費者」になることは、科学技術のことにも絶対かかわってくることなのです。

これに似た経験ですが、市民研というより個人の仕事でアサヒビールと年に1回「消費者ダイアローグ・ワークショップ」の企画検討・ファシリテータをしています。

消費者からのクレームには、会社全体の研究開発、販売、宣伝と大きくかかわってくるものが相当あります。そういうものを社員の人たちにどう受け止めてもらったらいいか、アサヒとして消費者に向けた企業活動をするにはどうするかを検討したいと相談されて、お客様相談室のスタッフと消費者教育などの専門家の先生を呼んで、毎年1回ワーククショップをしています。

企業の中にも消費者の声を受け止めてうまく生かしていくしくみをつくることが必要ということがわかります。

●定量的に日常を把握する

市民科学的視点で強調したいのは、ものを定量的にとらえることがどれぐらい日常でできるだろうかということです。

たとえば、以下のような質問に、どれぐらいの市民が答えられるでしょうか。

・携帯電話の電磁波の強さはどれぐらい?
・どの暖房器具をどう使うのがあなたの部屋では一番効率がいい?
・オール電化住宅は“お得”なの?
・自宅の家電機器などの待機電力はどれぐらい?
・月何リットルの水をどう使っているの?
・あなたの消費物資の海外依存度は?
・あなたは検査でどれぐらいのX線を浴びてきたか?
・あなたの体内のPCB濃度は? 放射線の内部被曝量は? 母乳中には? 胎児にどれぐらい移行するの?

携帯電話の電磁波についてですが、おそらく測っている人は非常に少ない。他の機器の電波の強さと比較する人も少ないでしょう。

しかし、実際に私がよくたとえていっていますが、「携帯電話の電磁波は、電子レンジに耳を当てた多時に浴びるものよりも強いことがある」のです。電子レンジは高周波をつかっていてマイクロ波です。電子レンジをオンしているときに箱から漏れてきています。実際に使っているときに体を近づける人はいないでしょうが、携帯電話の電磁波は電子レンジを真横にもってきたときより強いことがあります。

いい・悪いはべつにして、いろいろな事象のなかで「どれぐらい」という量的なもので見ていくと、実は知らないことだらけ。そういうことを入り口にいろいろ探っていく。

携帯電話は出力自体はそれほど大きくはないのですが、電波以外にも電気をつかっていることで生じる低周波磁場も結構大きいのです。

無線LAN、携帯、WiMaxなど、電波はまわりの環境で知らず知らずに増えてきています。ほとんどの家電製品にはインバータが入っているので、少し高い周波数のものが出ています。すべての周波数をトータルに曝露状況を調べたら、ここ10年間ですごく増えているのです・・・・・・と、いま、おおまかにいっていますが、実はそういうことを調べた調査はありません。だから驚くのです。

それぞれの電波の専門家、電気から出てくる磁場の研究家はいるのですが、何を研究しているかというと、めちゃめちゃ高い磁場の中で細胞がどうなるかという研究であって、家庭環境中でどうなっているのかは調べないのです。だから、ものすごいギャップがあります。

これだけリスクのことがいわれています。「リスクはないですよ」と、安心させたいなら測らないといけません。しかし、それがなくてものをいっている人がいっぱいいるのが現状なのです。

そういう意味では、市民研は電磁界については1999年から取り組んでいるので、いろいろな測定をしています。24時間計測できる機械を20人に携えてもらって測ったこともあります。国立環境研究所が大規模な疫学調査をしたとき、1台40万円のメーターが100台あります。そのようなものは市民が買えるわけがありませんので、貸してくれないかと頼んでみました。まだ当時ご存命だった兜先生がいいでしょうと個人的に貸してくれたので、オール電化住宅に住んでいる人とそうでない人の曝露状況を比較できたのです。

オール電化に住んでいる人が高いだけではなくなぜ高いのかもいろいろわかりました。オール電化に住んでいる人で高い人はIHだけが問題でなく、床暖房が問題であることや、意外なものが高かったこともわかりました。たとえば、台所ではかった時、電子レンジを使っていないのに高かった。台所の向こうにエコキュートがあったのです。

ただ、国が採用している基準からいえば、そんなに曝露していないということになります。

電磁波の曝露では何が起こるかわからない部分がいっぱいあります。高圧線の下に住んでいる子どもの白血病や携帯電話の脳腫瘍など、気になるデータもあります。けれど基準値を変えるには及ばないと、国際機関がつっぱねているのが現状です。


補足情報 (1)
「市民科学」を市民研は以下のように定義している。
http://www.csij.org/what-cs.html
「市民科学」とは「市民の、市民による、市民のための科学」。複雑で高度な専門知に立ち入らねばならない場合であっても、市民がそれを回避せず、しかも専門の細分化に足をすくわれることなく、生活の総合性をみすえて問題解決にあたることが鍵になります。

また、設立趣意書では「市民科学」を提案する問題意識や定義が以下のように記述されている。(編注:読みやすいように改行を加えている)
http://www.csij.org/img/shuisyo.pdf

*市民科学とは、
(1)市民が不安や危惧を抱く問題をみすえて、その問題解決のために調査研究をすすめる、
(2)科学技術のあり方に関して市民の問題意識や関心を高める、
(3)市民と専門家の間の対話を促進し、専門性の障壁をうまく乗り越えていく、
(4)科学技術政策に市民の意思が適切に反映されるようにする、といった総合的な取り組みである。
すなわち市民科学は、科学技術の活動が展開される様々な局面で、市民が主体的・実践的に関与していく機会を作り出していくことであり、総体として科学技術の発展を適正に制御し、持続可能で公正な社会の実現を目指すものである。

科学技術がもっぱら専門家によって研究開発され一般市民はその成果を享受するだけという、これまでのあり方をどこかで変えなければならないだろう。そのときに肝要なのは、一般市民が「科学技術のことは専門家にお任せする」というこれまでの姿勢を改め、専門家や政策立案にたずさわる人々に自分の意思をきちんと示し、ともに問題解決をはかるよう働きかけることであろう。素人にとって歯が立たないように思える専門知識に対しても、様々な助力のもとに市民が上手に向き合っていく方法があるものと思われる。

補足情報 (2)
リビングサイエンスについて、市民科学研究室のウエブサイトでは以下のように定義している。
http://www.csij.org/what-cs.html
「リビングサイエンス」とは「生活を基点にした科学」。さまざまな形で生活に入り込んでいる技術や科学知を、市民が主体となってよりよい暮らしに向けて選択し、編集し、活用し、研究開発を適正に方向付けていくという多面的な活動です。

補足情報(3) ナノテク食品のテクノロジーアセスメントの研究報告書は以下からダウンロード可能になっている。
『TA Report フードナノテク 食品分野へのナノテクノロジーの応用の現状と諸課題』
http://i2ta.org/files/TA_Report01.pdf


(その2につづく)

# by focusonrisk | 2012-04-04 11:27 | 聞き取り調査

秋田県立大学 金澤伸浩准教授

日時:2012年1月9日(月・祝)13:00~14:30
対象:秋田県立大学 金澤伸浩准教授
聞き取り調査者:角田季美枝、角田尚子、梅村松秀、吉村和哲

1. 金澤さんの自己紹介とリスクに対する関心をお聞かせください。

13年前、化学会社から秋田県立大学に転職しました。専門は水環境ですが、講義の中で「リスク」を扱うので、リスクマネジメントなどを独学した者で、リスク学の専門家という意識はありません。

現実をみていますと、化学物質やBSEなど、ささいなことが社会問題化し、風評被害や無駄な社会コストが生じるケースが繰り返されています。それはなぜなのかを考えてみますと、「科学リテラシー」の不足のほか、「リスク」で考えないことによって、怖がる必要のないことに怖がったり、自分でリスクを判断しないで、他人に判断を委ねてしまう状況があるからではないかと思います。

なぜそうなってしまうのかを掘り下げてみますと、確率としての「リスク」という考え方自体を日本人が理解していないのではないか。さらに考えていくと、日本の教育で、「リスク」について教えられていないからではないかと考えました。幼稚園以降の教育内容を定めている文部科学省の学習指導要領を調べてみると「リスク」の概念は出てきません。ただ、学習指導要領の今回の改訂で、高校の工業に「環境工学基礎」が新設され、ここで初めて「リスク」という用語が登場しています。この現状では「リスク」がわからないのは当然ではないかと思います。

一方、政府は食品や原発の関係などではリスクコミュニケーションをしています。リスクコミュニケーションのガイドも出されていますが、うまくいっていない。原因については色々指摘されていますが、リススを理解する基礎知識が教育されていないことが原因にあるのではないか、つまりリスクの基礎を教える教育の普及がブレークスルーになるのではないかと考えています。

しかし先のように正規教育の中に含まれていないのですから、そうであれば、「外」からの教育プログラムとして普及していくのが良いのではないか。ただ、リスクに関する本はすでに山ほどあって、それを紹介したところで効果がないのは明らかです。そこで、環境教育で行われる体験学習法でリスクを教えられないか。そう考え、あれこれ教材を探して出合ったのがPLTのFocus on Riskでした。なぜ日本語がないのかとERICに尋ね、必要性を訴えて翻訳プロジェクトを立ち上げていただき、現在に至っています。内容は十分とは思いませんが、まずはここから始めたいと思っています。

今回の東日本大震災では、本当に切羽詰まった状況では個々人がリスクを判断して行動された様子が多く伝わってきました。つまりリスクが全く使われないわけではなさそうです。一方で、一律な対処によって、個人の選択肢を狭めてしまう政策、個人の判断を許容しない政策がありはしなかったでしょうか。たとえば、放射線を恐れて体の不自由なお年寄りを避難所に連れて行くことは、個人のリスク(エンドポイントは死亡)を増大させる場合があると思います。避難すること自体のリスクが高いのにそれを強要する。それは社会の損失につながることです。

政府や行政がするのは必要最低限で、基本は個人がリスクを判断して、自由裁量で行動できるようになる方が経済的にも効率的でないかと思います。個人が行うリスク判断に合理性があるのなら、それをできるだけ尊重して追加で個々に対応する、その方が満足度が高く、経済的にも効率的になることはないでしょうか。

これを実現するには、個人が科学観をもち、リスクを判断し、意思決定できるようになる必要があります。現在は国民が政府などにリスクの判断を委ねてしまう、権威に依存する傾向もあります。それらを改善していくために、リスク教育が必要なのです。


2. リスク教材開発のガイドラインVer.1.1についてのご意見をお聞かせください。
(ガイドライン)
(ア)科学観を伝える教材であること。
 (1)科学の答えは一つではない。
 (2)近代科学技術社会におけるリスクとは何か。
 (3)科学的証明、根拠以外の価値観があることを伝える。
 (4)生徒一人ひとりに科学観を育てる。
(イ)シチズンシップを育てる教材であること。
 (1)政治的リテラシーを育てる。
 (2)公共心、参加、貢献を育てる。
 (3)コミュニケーション能力、対立の扱い方を学ぶ。
 (4)社会的合意形成の方法論を学ぶ。
 (5)アドボカシー、社会的提言の態度・姿勢・行動を育てる。
(ウ)思考スキルを育てる教材であること。
 (1)メディアリテラシーを育てる
 (2)12のものの見方・考え方のような分析の力を育てる。
 (3)PLTの高次の思考スキルをカバーする。
 (4)経験学習的アプローチで、体験から学ぶ力を育てる。
 (5)全体言語主義によって、心・からだ・頭を統合した学びであること。
(エ)社会とリスクの関係について学ぶ教材であること。
 (1)過去の共有~リスクを巡る対立の歴史~分権、フィールド調査、もの、人
   1)「水俣病」、「BSE」など、なぜ経験から学べないのか
 (2)現状分析
   1)核燃料サイクルのジレンマ
   2)適応的対策力をつけるには
 (3)未来のビジョン
 (4)行動計画

ガイドラインを拝見して「リスクに関する話がぽこっと抜けている」というのが第一印象でした。これはリスクコミュニケーションというより、科学コミュニケーションのガイドラインではないかと感じました。「リスク」という言葉が出てくるのは(エ)のみです。

私はリスク評価なしにリスクコミュニケーションはありえないと考えています。
リスクの概念を理解するには
・リスク
・ハザード
・エンドポイント
の3つを学ぶことが必要で、そのうえで
リスクアセスメントを行い、意思決定をするという流れです。その過程でリスクコミュニケーションがあります。それらがガイドラインには必要と思います。

秋田県立大学 金澤伸浩准教授_a0204507_052082.png


また、メディアリテラシーも重要です。リスクアセスメントで数字は出ますが、同じ数字でも人によってどう判断するかは違いますし、故意に異なった認知をさせることもできますので、マスメディアのリテラシーやリスク認知のバイアスについての教育は必要と思います。

Focus on Riskには、リスク、ハザードなどの用語や、リスクアセスメントについては紹介されていますが、リスク認知のバイアスの内容はありませんので、補足する必要があると思っています。

リスクの理解には段階があると思います。第一段階は「ハザードが理解できる」、第二段階は「リスクを正しく理解できる」、第三段階が「リスクに基づいて行動できる」です。リスク教育において、第一段階はいいのですが、足りないのは第二段階と第三段階です。Focus on Riskは第三段階を狙い、そのために第二段階を扱っていますが、まずはそれで良いと思います。

リスクという言葉はいろいろ使われていますが、それぞれ意味が異なっていて、理解を難しくしていると思います。

経済学、金融の領域ではリスクは結果の不確実性の意味で使われています。リスクの大きさは、被害を被るあるいは利益を得る不確実性の大きさを示します。大きく得をするかもしれないけれど大きく損をするかもしれないもの、つまり確率的な変動の幅が大きいものをリスクが大きいという。

化学物質のリスクというときは、不確実性はありますが、発がん性など結果(エンドポイント)の程度を固定して、その発生確率をリスクと呼びます。
工学のリスクは被害の程度×発生確率で表されます。(*1)

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(出典)金澤伸浩「第15章リスクの基礎知識」、秋田県立大学経営システム工学科編『経営システム工学とその周辺』横浜図書、2011年、p.191を改変。

一般にいまリスクマネジメントといわれているものは、実際はハザードマネジメントをしているものが多いと思います。生産現場では被害の程度と頻度を横軸と縦軸にとって、3×3の9段階のリスク・マトリックス表を作り、リスク評価を行うことはありますが、せいぜいその程度です。多くは直感でリスクを判断してハザードの善し悪しを決めてしまう。リスクを算出したり比較したりするリスクアセスメントを行わないにも関わらず、リスクマネジメントと称するケースは多くあります。

リスクコミュニケーションの教材のガイドラインに戻りますと、よく見れば(ア)(3)はリスク認知についての内容です。(ア)(4)は意思決定に関係しています。リスク教育の教材として必要な部分は入っていますが、分散してしまっていて、やはりリスク教育というより科学リテラシー教育ガイドラインのように見えます。リスクの観点から並び替えや簡素化ができるのではないかと感じます。


3. 大学教育の目標は何かについてのご意見についてお聞かせください。(教養、専門家養成において何に重きを置いていくべきか)

大学教育の目標は1つではありません。大学の置かれている立場、個人によって異なります。

私が在籍している秋田県立大学のような地方大学に求められることの一つは、地域への貢献です。首都圏の大学とは違い、地方大学にはフィールドがありますので、海外、国際も大事ですが、その前に地元地域を見ることは当然で地域貢献は核だと思っています。

「立派な研究者を育てる」ことを目標に教育しても、実際に就職して研究者になる学生はそう多くありません。研究だけできる人を育ててどうする?ということです。もちろん、研究力をつければ、様々なところで応用はききます。しかし、研究しかできない人を社会は求めていません。

分野かまわず、自分なりに探求できる、自分なりの答えを引き出せる人を育てることは大学の役割と思います。

研究と社会への貢献とバランスを考えながら地域にかかわっていくような人材育成、教員が大学の外に関わる、大学の外への発信が大事だと思います。

教育に関して、制度を改善することも大事ですが、個々の学生の意識、価値観が変わることも必要です。「いい世の中とは?」、「何のための勉強?」、「自分が幸せに思えることは何?」などの問いに自分自身の解が持てるようになって欲しいです。

質の高い教育のためには、教育だけやっていたのでは行き詰ります。バックグラウンドとして教育者が自分の研究をもっていないとだめだと思います。研究や実践によって、科学観に魂が乗るというか、研究と行動の双方が教育のバックグラウンドに必要だと思います。つまり、何に重きを置くかと言うより、これらのバランスが大事だと思います。


4. 北海道大学など国際的な大学の連合体で、大学がESDを取り組むために作成している自己評価のガイドライン(the AUA Model)に関するご意見についてお聞かせください。
(英語版)
http://www.sustain.hokudai.ac.jp/aua/
(日本語版)
http://www.sustain.hokudai.ac.jp/aua/jp/

評価するのは大変むずかしいと思います。
点数化するのであれば、自己採点して、その結果を公開して、点数の経年変化やどのような自己採点しているのかを見て、大学が改善されているかどうかを社会が見ていけるような仕組みにしていくのがいいのではないでしょうか。

(注)
*1 詳しくは金澤伸浩「第15章リスクの基礎知識」、秋田県立大学経営システム工学科編『経営システム工学とその周辺』、横浜図書、2011年、pp.187-196、を参照。
*2 本稿は聞き取りをもとに角田季美枝が作成した草案を、金澤准教授に確認・加筆修正いただいたものである。

# by focusonrisk | 2012-02-04 00:59 | 聞き取り調査

慶応義塾大学 吉川肇子教授(チームクロスロード)

(特活)国際理解教育センター
日立環境財団プロジェクトチーム
聞き取り調査

実施日時:2011年10月24日(月)10:30~12:00
対象:慶應義塾大学 吉川肇子教授(チームクロスロード)
聞き取り調査者:角田季美枝、角田尚子、淺川和也

1 現在の日本社会におけるリスクコミュニケーションについて、何が課題と思われますか? 特に、3.11以降、活動への影響はどのようなものがございますか?

リスクコミュニケーションで「誰かに教わって学べば判断できる」というモデルは古いということです。実際に行われていることは知識の伝授、誤りの訂正です。「私の言うことをききなさい」、「私と同じになりなさい」、というのは考え直した方が良いと思います。

リスクコミュニケーションは、1980年代、ある種の社会運動として実践されてきましたが、ある言葉を必要としている社会的背景を知った方が良いと思います。リスクリテラシーを上げるだけはなく、参加、民主主義ということがリスクコミュニケーションという概念の誕生の背景にあります。(*1)


2. 日本社会の状況に対して、貴団体・組織がめざす貢献は何ですか? また、これまでの貴団体・組織の実践から、学んだこと、今後に活かしたいことは何ですか?

わたしは社会心理学の専攻で、シムソック(SIMSOC)を実施しました。これはアメリカの社会学者ギャムソンが開発したシミュレーションゲームです。1つの地域について4チームにわかれて、社会秩序の形成、対立、葛藤などを体験させて、2日がかりで行う大がかりな模擬社会ゲームです。10~20年経った今でも体験した学生から年賀状に「シムソックの合宿のことをいまでもしばしば思い出します」という便りが届きます。「ゲームの中で学んだことをいつまでもふりかえって考えている」ということだと思っています。

自由度があるロールプレイは、向いている人と向いていない人があると思います。防災ゲームのクロスロード(*2)を開発するときは、最初から「型にはめよう」と、状況カードに対してyes/noを表明するというデザインにしました。状況カードではジレンマを扱います。

クロスロードのyes/noは、現在、多数派予測、自分の意見とどちらもできるようにしてあります。最初は多数派予測だけだったのですが、実施していた最初の頃参加者から、「なぜ人の意見を想像しなくてはならないのか?」という問いが出されたので、わかりやすいよう、二通りのルールを用意しました。

クロスロードを実施している時、自分で考えもしないような意見を聞くことができる。それを体験するのが重要なのです。ゲームをやって効果があったと短期的な評価ではなく、ゲームをした帰り道、いろいろ考えたとなることをゲームの開発者としてはねらっています。できるだけ反芻させたいわけです。

また、一度だけではなく何度でもやってもらうようにすることが大事だと考えます。二度目はこうすれば一度目よりうまく行くと考えるはずですが、その学びが大事だと思っています。ですので、2回目をやりたくないような面白くないゲームは、教育に向かないと思います。

ゲームではふり返りやファシリテーションが大事です。クロスロードでは、ファシリテーターの技量をそれほど要求しない、わかりやすいルールにしました。 クロスロードを発想したきっかけの1つは、「道徳性の発達段階テスト」です。たとえば、「ハインツのジレンマ」という話があります。「がんで死に瀕している妻の病気を治すにはある薬を使った時だけです。その薬は非常に高価な薬であるため、夫はその値段の全てを用意できず相談したが断られてしまいました。そこで夫は薬屋に泥棒をして薬を手にいれました。夫はどうすべきだったか? 夫の行動は正しかったか?」という話です。クロスロードですと、「避難所に3000人いるのに2000食分しかない。どうする?」というような状況です。意見表明の理由を分析すれば、防災対応能力のテストにもつながるのでは、と当初考えました。ただ、その後やってみて、ゲームの中で話されていることこそが重要だと考えましたので、データを取るとか、テストを作るとか、このような初期の考え方は改めました。

環境問題のクロスロードはつくりづらいです。道徳の教材のようになってしまっておもしろくないのです。問題の作り方にもよるのですが、人間的な悩みが表現されていないからですたとえば、「レジ袋をスーパーでもらうかもらわないか」は見かけ上はyes/noだが、実際はどちらが正しいと思うか、その価値観というか、社会的な正解(現在は、多くの人がこちらの方が良いと思っている)聞いています。クロスロードにするなら「エコバックをもってスーパーに入ると万引きするように見えるかもしれないと考えてくよくよする」というような状況を問うた方が良いです。人間的な悩みを共有するのがクロスロードの本質だと思っています。

大ナマジンはすごろくゲームです(*3)。やっていただければわかりますが、2回に1回は地震につかまるよう設計しています。そのことで家庭の防災対応を考えてもらうということになっています。

ゲームではあまりにリアルなシミュレーションにしません。教科書で教えればすむことを、回りくどく教える意味はないと思います。

3. 今回わたしたちが開発しようとしている教材および人材育成プログラムについて、ご提案などございますか?

多様な価値観があるということ、価値観の折り合いをつけることを考えてもらえるような対話型の実践の推進、のようなものは、個人的には好みですが、もちろん設計者によって考え方が違うと思います。

テレビで最近放映されているライブ授業は、対話型のように見えますが、見かけ上そうなっているだけで、生徒(学生)同士が本当に対話しているのか疑問に感じると頃があります。対話しているのは先生と生徒で、それでは、従来の講義型とあまり変わらないのではないかと思います。本当に大事なのは、生徒同士で学びあったり、また生徒本人が自ら学ぶことだと思います。

【補足情報】
*1 詳細は、吉川肇子『リスク・コミュニケーション 相互理解とよりよい意思決定をめざして』(福村出版、1999年)を参照されたい。
*2 クロスロードについての概要は以下を参照。
http://www.bousai.go.jp/km/gst/kth19005.html
http://www.s-coop.net/rune/bousai/crossroad.html
また、クロスロードの開発の経緯や公表後の発展については以下を参照されたい。
矢守克也・吉川肇子・網代剛『防災ゲームで学ぶリスク・コミュニケーション クロスロードへの招待』ナカニシヤ出版、2005年
吉川肇子・矢守克也・杉浦淳吉『クロスロード・ネクスト 続:ゲームで学ぶリスク・コミュニケーション』ナカニシヤ出版、2009年
*3 大ナマジンについては以下を参照されたい。
http://www.s-coop.net/rune/bousai/sugoroku.html

(注)本稿は聞き取りをもとに角田季美枝が作成した草案を、吉川教授に確認・加筆修正いただいたものである。


【追加情報】

高岡 滋 @st7q
岩波書店「科学」1月号特集「リスクの語られ方」で、慶大・吉川肇子氏が紹介している「リスク・コミュニケーションの4つの義務」(Stallen & Coppock)に注目。①実務的義務、②道徳的義務、③心理的義務、④制度的義務。情報の送り手にこの義務を果たす意思があるかどうかが問題。

# by focusonrisk | 2012-02-01 23:23 | 聞き取り調査

教材開発ガイドライン Ver.1.1

■リスクコミュニケーション教育教材開発のガイドライン(Ver.1.1)
(ア)科学観を伝える教材であること。
(イ)シチズンシップを育てる教材であること。
(ウ)思考スキルを育てる教材であること。
(エ)社会とリスクの関係について学ぶ教材であること。

(ア)科学観を伝える教材であること。
 (1)科学の答えは一つではない。
 (2)近代科学技術社会におけるリスクとは何か。
 (3)科学的証明、根拠以外の価値観があることを伝える。
 (4)生徒一人ひとりに科学観を育てる。
(イ)シチズンシップを育てる教材であること。
 (1)政治的リテラシーを育てる。
 (2)公共心、参加、貢献を育てる。
 (3)コミュニケーション能力、対立の扱い方を学ぶ。
 (4)社会的合意形成の方法論を学ぶ。
 (5)アドボカシー、社会的提言の態度・姿勢・行動を育てる。
(ウ)思考スキルを育てる教材であること。
 (1)メディアリテラシーを育てる
 (2)12のものの見方・考え方のような分析の力を育てる。
 (3)PLTの高次の思考スキルをカバーする。
 (4)経験学習的アプローチで、体験から学ぶ力を育てる。
 (5)全体言語主義によって、心・からだ・頭を統合した学びであること。
(エ)社会とリスクの関係について学ぶ教材であること。
 (1)過去の共有~リスクを巡る対立の歴史~分権、フィールド調査、もの、人
   1)「水俣病」、「BSE」など、なぜ経験から学べないのか
 (2)現状分析
   1)核燃料サイクルのジレンマ
   2)適応的対策力をつけるには
 (3)未来のビジョン
 (4)行動計画

(Ver.1.1ガイドライン作成の経緯)
国際理解教育センターでは、日立環境財団の平成23年度助成金事業(テーマ「科学技術と環境の調和を推進する人材養成および教材開発ガイドラインの提案」)でリスク連続学習会、PLTのFocus on Risk翻訳、聞き取り調査など進めてきました。これらの活動をふまえて、現在、ガイドライン案の検討に入っています。
 ガイドライン案の検討については、これまでのインタビューの時にも既存の環境教育のガイドラインなど(*1)を提示し、意見をうかがってきました。
 そこで、これまでの勉強会でのディスカッションやインタビューからのコメントなどから、基本的にリスク・コミュニケーションのブログの記録(*2)からキーワードを抜き出し、11月21日、かくたさん、鈴木さん、つのだの3人で、関連づけ、分類を行ない、リスクコミュニケーション教育教材開発に必要な視点=「ガイドライン」のたたき台(出発点)として作成しました。
 さらに、このガイドラインの4つの視点が既存の環境教育のガイドラインなどに含まれているのかつきあわせをしてみると、従来のガイドラインではこの4つの視点がすべて満たされているわけではなく、リスクコミュニケーション教育の独自性が浮かび上がってきました。
 さらにその後、『国民のための百姓学』(宇根豊、家の光協会、2005年*3)から、(ア)(3)を加えました。
 今後、いろいろな方の意見をふまえて、内容、ワーディング、項目の階層化など検討していきます。
*1 北米環境教育連盟のEE Materials、英国Initial Teacher Education and TrainingのSupporting the Standards、PLTの5つの概念、日本の「環境力」を有するT字型人材育成プログラムなど。
*2 本ブログ「リスク・コミュニケーションを対話と共考の場づくりに活かす」の「記録・勉強会」、「聞き取り調査」の記録を参考にしました。
 http://focusrisk.exblog.jp/
*3 詳細は、角田尚子さんのブログの2011年11月24日を参照ください。
 http://ericweblog.exblog.jp/14059902/

# by focusonrisk | 2011-12-06 22:53 | ガイドライン