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研究会記録(その2)

日 時:2012年2月25日(土)13:00-16-00
場 所:ERIC事務所
参加者:上田昌文、梅村松秀、角田尚子、上村光弘、高柳葉子、角田季美枝、福田紀子、三宅叶夢
内 容:             
(1)本日の検討課題
(2)ゲーム「ネゴシエート・キラー」の評価
(3)リスクに対するさまざまな立場について(以上、記録その1)
(4)リスクコミュニケーションの評価の視点
(5)評価の共通のキーワード、自由討議

****************

(4)リスクコミュニケーションの評価の視点                                              

・活動:評価の視点を挙げる(ひとりずつ→共有)

 ■コミュニケーションをしていく中で自ら判断出来るようになる事が大切。

 リスクは様々。自分は何を重視するのか?
 どのリスクを受け入れるのか、受け入れないのか?
 コミュニケーションをしていく中で、コスト•ベネフィットなどを考えて、自分で判断出来るようになることが大事。
 例えば「修学旅行に日光に行くか?否か?」と問われた時に、私はある答えをもっているが、なぜそうするのかが大切。決まった結論がある訳ではない。そのための知識やデータも必要でしょう。そして、自分にとっての選択は、誰かにとっては違うものかもしれない。そのようなことを示しながら,相手とやり取り出来る事がリスクコミュニケーションだと思う。
 科学者が言ったからこうだ、ではなくて状況によって受け止め方が違っていい問題がある。人々は一つの答えを知りたがっていても、それでは対処出来ないことが多い。
 はじめから科学者に決めてもらう問題ではないというのがリスクだと思います。

■アクションに繋げられたか。

 他者—自分を客観的に考えたか?
 その場で判断出来る事ではないかもしれないが、評価の視点になる

■リスクのコストとベネフィットそのものを疑うこと。考えているかが評価につながる。

 セルフマネジメントするための条件が各人によって違う。
 自分の条件を知った上での選択力が必要。コスト•ベネフィットの相関を疑う必要がある。

■社会が育つ—選択の多様性=リスク分散

 条件カードがそれぞれ違う方がおもしろい。
 自分の条件を受け入れる。多様な条件がある事を受け入れる。
 例えば地域の中にも多様なエネルギー源をもっていた方がよい。
 他者のそれぞれの選択を認める。

■他の人のリスクを受け止められる。
 
リスクの多様性と、判断の多様性を認める、受容出来る。

■自分なりの宿題ができればいい。

 トレードオフ、評価の視点を自分のものとしてもちかえられることができれば、成功。
 一般的な結論を与えられるようなもの、○×ではかられる、テストされるのは違う
 しかし、基本的な理解は必要。確率、トレードオフ、コスト•ベネフィット、マネジメント他、共通して理解すべき事もある。
 平均値=中央値ではない。

■多様なリスクの認識を得たか

■意見や立場の違う人と出会えたか

■自分が大切にしたい価値や倫理を深める事が出来たか

■意見や立場の違う人と共通に得る利益や価値を得る事が出来たか

■他者の意見を聞きながら自分を客観的に見る事が出来たか — 個からの出発


(5)共通キーワードと自由討議                                                   

評価の基準は再度検討していきたいが、今日のディスカッションで出た共通のキーワードは以下のとおり。

●共通のキーワード
 ○コストとベネフィットがある
 ○リスクは確率である
 ○マネジメントする事が出来る
 ○それは選択である
 ○選択は価値観である
 ○「違い」がある
 ○「違い」があるからこそ、「自分」から出発する事が大事

●リスク教育推進の課題

以上を踏まえて、さらにリスク教育を進める上での課題について、時間の許す限り、ブレーンストーミングを行った。発言順に紹介する。

■(リスクコミュニケーションについて)
確かに価値観や選択に違いがあるのだが、それが“人はそれぞれ”で終わる相対主義に陥らないようにしたい。コミュニケーションであるかぎり、価値観の違う、リスクの捉え方が全く違うような人たちとやりとりできるところまでもっていけたのか、を問いたい。

例えば、低線量が危ないという人もいれば、100ミリシーベルトまで全く大丈夫だという人もいる。両者のやり取りがあまりない。本当はリスクを社会で納得する為には両者が完全合意する訳でなくても、そのやり取りを創っていく事が大事。それをどうやって創っていけるかという事が大きな問題。

■それを考えるには「なぜやりとりできないか」ということを考えなくては行けないのだと思う。それは私たちがやってきたことにもつながる。
「参加の文化をはばむもの」として、3高の人々、肩書きが高い、年齢が高い、学歴が高い人々の存在がある。このような人々は“対等に”話し合えない。パワーを持っている人々と対等に話し合う文化がないので、パワーを持っている側が決めている。だからこそ、やりとりできない。様々な課題解決の参加の場でそのことにぶつかる。

■それはある。そこをどういう風に突き崩していけるか、変えていけるかというのが、一番大事。例えば政府も一般民衆の声が大きくなれば変えざるを得ないというのがある。それが基本的に民主主義というものだ。民主的な原則に乗って、どこまでパワーを持っている側に変えていく事を迫れるかが問われている。

リスクコミュニケーションというと言葉としてきれいに聞こえるかもしれないが、結局はそのパワーを突き崩していく、どこまで入っていけるかという事にどうしても関わってくる。

原発はその典型。被害が放射能汚染で一挙に広がったので問題視されているが、実際は原発の事故が起るか起らないかを決めるのは本当に動かしている、パワーを持っている側だけなんです。一般の人がどうこう言おうが、本当に事故を起こさないようにするという事に関与出来るかというと無理なんです。しかし、エネルギー政策として原発はいらないという声が大きくなれば、それはやらざるを得ない。そういう意味でつながりはあるのだが、ごく限られた人のみで動かすシステムがあったということが、問題だった。パワーの問題はどうしても関わってくる。

今はそのパワーが変わる時期なのだが、放射線被害に関しても、エネルギーの選択に関してもパワーを持っている側は従来のやり方を変えようとはしていないので、ぎくしゃくすることがいっぱい起っている。

一般市民の側もそこを見抜いた上で発言していかなくてはならないが、例えばリスクの事を「ウチの子どもを守る」というだけで走ってしまうと、そのことまでいかない。「原発はあぶない」と言っているだけでは電気料金の事は解決しない。

■(市民の立場も)つながりがもっと持てたら、(パワーの側の)つながりを見抜いた上でどのように持っていけるかを考えなければ。

■問題がこれだけ複雑で重層的に見える、“お手上げ”感がある。だからこそ簡便な政策を求める。わかりやすさを求める先には、ポピュリズムにつながる可能性も高まっている。たとえば「がんばろう!日本」というフレーズはその内容を問う事無しに拒めない等。

■東京都の副知事が「東電の値上げに承服出来ない」と言う。副知事だけではなく、私たちも言っていい事なのに言えない。言うすべを知らない。本当はすごくわかりやすい毎日の事なのに、言っていいし言えるはずの事なのに、そこが見えない。

■言えないだけではなく、言ったとたんに自分の家の電気切られたらどうしよう、と思う。

■本当は違うはずなのだが、東電から切られたら、別のところから買いますよ、自家発電しますよ、という人が100人いたら変わる。違ったアプローチ、有効な「わかりやすさ」もあるはずなのだが、まだ、私たちのものになっていない。

■政策的に方向性の違うどちらの側もその「わかりやすさ」を掲げようとしているのでしょう。

■STS(Science, Technology and Society)は今どのようになっているのですか?

■今言ったような問題意識で議論をして欲しいのだが、学会としては取り組めていない。

■学会はがっかり。声明を出すくらい。

■声明を出すところはまだ、やっているほう。政策を変える、自分たちの課題をもつところまではいっていない。

■このあたりも分析したい。ただ、日本学術会議のシンポジウムに出ても、あまり評価出来なかった。結論ありき。要するに100ミリシーベルト。座長がだれもそれまでに発言していないのに、それぞれのシンポジストの発言は複雑で多様であるにもかかわらず、学術会議の副会長がつとめる座長だけが「100ミリシーベルトは安全だって事ですね」とまとめる。

その場で異議を唱えるチャンスも与えられない。質問や発言が出来る所ではなかった。科学者の集まりで結論ありきではどうかと思う。

■学会の対応等もまとめることもありかもしれませんね。

■震災/原発のことについての学会の対応について、途中までフォローしていたけれど、もういいか、となった。

■巨大サイエンスの持っているリスクというのもある。意思決定が遠い。9月までの間に変わる可能性もあったと海外のジャーナリストが言っているが、何が代わる事を妨げたのか。

■野田政権誕生、というのはシンボリックに見えますね。

■鈴木達治郎という政府と原発を推進してきた方が、もう、新規立地は出来ないし、実質的に40年をめどに脱原発は決まっている、8月31日に決まっていると言っていた。前原さんも別の会で同じ事を発言していた。私たちにはそのことは伝わっていない。

■新規立地はなくても、現存の原発をどうするか、は言っていない。産業を守るため、電力需要を賄う為に必要だとする意見もある。また、日本では新規は無くても海外には輸出するという問題もある。

■運動の側も、9月に新しい目標を設定出来ていない。新規立地は無いので40年以内に集結するのであれば、次はどこへ向かうのかという示し方ができていない。自分の3.11熱はいつさめたかを共有するとこの時期になるのではないか。脱原発というのが分かりやすいので、それにすがったのではないか。1月に脱原発世界会議を行ったが、推進の側にとっては、すでにわかっている事。

■会議の中でネクストステップは可視化しなかったのか?

■アピール文は出ている。自然エネルギー、分散型エネルギーなどの提案はあるが、大きな運動として何をやるのかは出ていない。巨大科学の解体はSTSでも言われていない。大前提だから。コミュニケーションをする、コンセンサス会議のような手法を上田さんたちが実践してきたが、「プロセス」が必要。

■リスクコミュニケーションにとって、何が課題か。「声を上げ続ける事しか無い」というのが脱原発会議でも言われていた。ただ、イシューがそこにはなかった。日本の民主主義のデザインが求められている。

意思決定はわたしたちがやっているのだ、ということを可視化してほしい、わかるようにして欲しい。
高級官僚を選ぶとか。政治家は選ぶが、最高裁裁判官ですら低調。行政に関するチェックができていない。立法府しか選んでいないので。司法は国民の関心が低い。

■自治体の首長、議員は選挙があるが?

■原発の事で言えば、経済産業省の政策を内側から変えていく事は難しい。結局変えさせる事が出来るのは政治家だが、実は政治家がよく知らないので、経産省にふりまわされている、という構造がずっと続いている。

一方で原発をつくれば地元の利権がらみでお金が入ってくるといううま味をもらえるという構造があったので、自民党政権時代は変わる事は無かった。

民主党になって変わるかと言われると、素人ばかりで経産省の役人に対抗出来る人はいない。

経産省は原発の新規立地はできないことはわかっているが、今までの電力会社との関係を含めて利権を手放したくはないので、原発輸出や再稼働など、いろいろなことをやっているはず。核燃料リサイクルの維持さえ考えている。手放していない。その人たちをどのように変えていけるかが大きな問題のはずなのだが、そのことは挙がっていかない。

■地域の雇用とつながっているから、挙げにくいのでは。

■それはすごく大きい。一番動かしている本人たちをどう変える事が出来るのか,政治の側から考えていかなければならないのだが、その考え方がみえないというのが一番の問題。

■1980年代のアメリカの本「Cooperative learning, Cooperative Lives」協力しなければだめだという本の中で、「競争を学ぶ」学校教育の問題が挙げられている。これが「官僚」にあてはまる。
 「自分が負けるようなゲームはしたくない」
 「勝つとわかっているゲームには参加する」
 「勝たないと気が済まない」
High Achieverこそが、
 リスクを避ける。
 リスクを受け付けない
 新しいタイプのアクティビィティには参加しない。

と言っている。これが官僚の態度に重なる。
とすれば、学校教育を学んだ結果がこうなる。彼等は学校の競争で勝ってきた人たち。その人たちが負ける事を受け入れるはずがない。“病”だなと思った。

■外側から見た時に、そのような批判はされてきた。『官僚の責任』など古賀さんなども。外からは言われても、内側は変わらない。

■彼等はゲームデザイナーなので。ゲームをデザインする時に、FairnessとかPower Shared、あるいはDiversityなどからは一番遠いことを考える事はあり得ない。「力の分有」「対等性」「みんなの参加」。電話での質問だけでヒアリングしました、各団体に電話しました、となる。

学校を変えなければならない。学校で競争を学び取ってきた人たちを変えなければならない。中等教育、18歳までの教育を競争原理でないものにしなければ公教育である事の意味が無い。

しかし、そのためにどうすればいいのか?

■マイケル・サンデル氏の白熱教室の追加番組(*3)で、4—5名の日本人の出席者が共通して「自由競争」に肯定的であることに驚いた。「価値観」「公正さ」「正義」等ではなく「自由な競争があることがよいこと」を前提にされていた。

■だいたいプロスポーツ選手を呼んできて、個人的には良い人であっても、業界の原理が違う。

■「子どもの教育のもつ原理」と「自分たちの持つ原理」が違うことに気づいていない。

■まだ、ジャパネット高田さんのほうがオーディエンスに対する幅広い視野があった。みんなに売らなきゃならないから。「勝つ事が正義」のプロスポーツの特異性がわかっていない。良い競争があり得るんだ、となる。その成果が報酬になるという特異性がわかっていない。

■外国人の学生の中には、ある問題に対するために価値観について述べる人もいたが、日本を代表する人たちは「競争は良いこと」とつくられていた。
 
■もともと「白熱教室」というのは、哲学的に考えるとはなにかの、ものの見方考え方を教えるところだった。しかし、あの番組では「答えの無い問題を語り合わなければだめだ」というメッセージになっていた。「それはひとつの価値観で答えを出していける時代ではないから」というものであったと思う。それは新しい展開だったと思う。なぜ、話し合わなければならないのか。

■競争が一種のゲームとしてあるのは良いと思う。オタクの世界。いろんな情報を収集し、競争する。好きだから。しかし、世の中の競争にはかならず報酬や何かがあって、他人と比較し合って、給料に反映される等そこに全体が流れるというのがおかしい。
 
■価値がすべて市場価値に集約されるわけですね。

■そう、それがおかしい。就活のきびしさがいわれているが、これは将来に対して相当おかしなことになるのではないか。100人の市民活動があったときに、1人くらいちょっと違う事をやってもいいかなと思える人がいてもいいはず。20代は苦しくても30代になったらようやく見えてくるという人生設計があってもいいと思うのだけれど、そこには踏み込めない人が多い。

■それは80年代からいわれていた。メインストリーム、つまり人生の選択の幅が狭すぎる。

■自分で生活を支える力が無い人にリスクが高くなる。震災でも、引っ越し出来るひとは引っ越す。仕事を選べる人は選ぶ。

■液状化をかかえた浦安でも、若い人はもうどんどん出て行っている。今までアパート暮らしをしていて、浦安が好きだけど、アパートが傾いたので出て行く。補助も何も無いので何千万円かの修理は家主が直すしかない。個人の責任ではないのに。

浦安だけで3000人の人たちが出て行っている。家主のほうも、傾きの修理だけなら数百万だが、液状化に対して地盤を整備すると1千万かかるので、お手上げ状態。各戸でなくブロックごとに地盤整備するとやすくなるので、呼びかけるNPOがやっと出来た状態。

■震災の跡地も、土地の財産権が復興にネガティブに働いているということも聞いた。平地にするまでにも、公的な投入があった。自衛隊を派遣し、行政の予算を使い、ボランティアが手伝い、平地に戻したわけだが、個人の財産権のみしか見えていない。

■社会的な力が低下している。

■そこは政治の力で、大きな計画を立てて、多少無理があっても、将来に向かってこうやるべきというものがあれば、と思う。

■彼等も“中央”ではない。常に上を見て動いていた。上見て動いていたら何もしてくれなかった。岩手県知事が、こんなに政府の担当者が変わるのであれば、霞ヶ関に日参していた時間を地域をまわる事に使えば良かった、と。

■…この話しは終わらない。このような場をどういう風につくっていけば良いのか、ですね。

(補足情報)
*3「マイケル・サンデル 究極の選択 『大震災特別講義~私たちはどう生きるか』」2011年4月6日、NHKで放映。ゲストは石田衣良、高田明、高橋ジョージ、高畑淳子;この内容は5月、緊急出版された。https://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=C5010101&webCode=00814832011
「白熱教室」については以下を参照してください。
http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/harvard/lecture/120218.html

(文責:福田紀子)

*本記録は、福田紀子が草案をまとめ、参加者に確認のうえ、加筆修正したものである。
また、ブログにアップするにあたり、角田季美枝が形式を整える、補足情報を入れるなど、若干編集を行った。
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by focusonrisk | 2012-04-25 23:51 | 勉強会・記録

研究会記録(その1)

日 時:2012年2月25日(土)13:00-16-00
場 所:ERIC事務所
参加者:上田昌文、梅村松秀、角田尚子、上村光弘、高柳葉子、角田季美枝、福田紀子、三宅叶夢
内 容:             
(1)本日の検討課題
(2)ゲーム「ネゴシエート・キラー」の評価
(3)リスクに対するさまざまな立場について
(4)リスクコミュニケーションの評価の視点
(5)評価の共通のキーワード、自由討議

****************

(1)本日の検討課題(ペア/3名)                                   

・ペアないし3名で検討→共有
○ゲーム「ネゴシエート・キラー」の進め方        
○原発の当事者、当事者とは何か 
○リスクの比べ方        
○データの読み方
○リスクに対する立場の違い   
○ガイドラインの検討
○ゲームの評価の視点  
    

(2)ゲーム「ネゴシエート・キラー」(*1)の評価                                               

1)前提:ゲームの目標
生活習慣病のリスクと選択
           =現在の生活習慣病の原因に気づく、改善についての選択肢を知る

2)評価の視点(ひとりずつ→共有)
 a 何を学んだのか、どのように活かせるのか
 b ゲームの進め方(他に進め方があるのか) 
 c ゲームの対象 企業戦士になぜ設定するのか?
  例:高齢者  転ぶのがこわいから出かけない→人とつきあわない
         耳が遠いから人とコミュニケーションとらない→情報が入らない
    厳しい選択の結果「●をとると▲がなくなる」が予想出来るのではないか

3)活動
・a〜cのテーマ毎にグループに別れて検討する(10分)→共有

・共有の内容:

a 何を学んだのか

 •健康管理はリスク管理 
 •自分で選択すること
 •健康に良い事ばかりが人生じゃない?
 •選択力をつける=選択出来る環境を作り出す力
  *自分の選択が通るか通らないかを考えなければならない
   選択とは環境とのインターラクション(相互作用)
   →環境をつくりだす力
 •どんな会社が良い会社か?
   ご長寿会社型
   短期決戦大もうけ型 (3年で人が入れ替わってもよい)
  「会社を評価する」こともできる

b 進め方の工夫

 ●カードを一定の並び方にする
  ・特定のカードは一定のタイミングで出す
  ・最適な並び30枚
  ・昇進値がクリティカルになる並びにしておく
  ・知識系が続くと進行が単調になる
  ・カードの並びが一定であれば比較が出来る

 ●男性型の働き方が想定されている
  ・男性が対象の「つきあい」が多い
  ・セクハラ、パワハラ系
  ・ふりかえりの仕方→女性が不利等
           なぜ、女性が会社で出世しにくいのか?を発問するとよい
  ・子育てや介護との葛藤がない、健康との葛藤のみ
  ・新入男性社員を想定
   健康の事を考えてもらうためには他の様子もあっていいのだが、シンプルな「競争」の方向の方がゲーム的によい
  ・子どもの世話→規則正しい生活→「健康的とは」にはならない
  ・「上司」が負荷、ストレスが高い

 ●同世代(新入社員)を想定しているので世代間に距離がある(年金世代等)
  ・現在の個人データを問われるとリアルになる
  ・血圧
 ・高齢者でもスポーツジムで熱心に運動をしている人等健康志向に差がある
  ・病気になっても家族との関係がふかまってQOLが上がったともいえる

 ●年齢に関わらず健康に気を使う、知っている、行動する、お金をつかう等の差がある
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 ●始めに血糖•血圧•コレステロールについてレクチャーがあるとよい
  ・クイズで知識を共有しているので、最初にレクチャーがない
   →まず基本的な事を学んだ方がよい

 ●ゲームノートをつくる
  ・健康に時間、お金、エネルギーをどう使っているのか?
  ・平均的にこうだけれど、自分はどう選択したいのか?
  ・改善のポイント:スコアカードを書いていく。
    *スコアカードをつけると学習効果が高まるが、ゲーム性は減少する

 ●条件カード、チャンスカード
  ・プレイヤーに条件カードを与える  例:血圧 130/70
  ・条件は他の人にはわからないようにする。
  ・ボーナスポイントを設定する。チャンスカードとして3回行使できる
  ・ジョーカーなども考えられる

 ●カムカム→歯の健康について等その機会を活かす
 
 ●人生の転機が健康や昇進と関わらない設定になっている
  ・人生の葛藤、ステップをすごろくに入れる
    「結婚」「子育て」「離婚」「介護」等
    生涯賃金、契約社員などの違い等も検討
 
 ●キラーとプレイヤー
  ・なぜ、キラーは3人必要なのか?
   →3〜4人でのやりとりに期待
  ・キラーは必要なのか?
   キラーの側とプレイヤーの側の学びの差が気になる。
   「キラー側の学び」は何なのか?生活習慣病に関する学びになるのか?
  ・キラーなしで Yes, Noのカードをひいて行うことができるのではないか

c ゲームの設定

 ●現在の生活習慣病の原因に気づいてもらう事
   野菜不足
   不規則な生活
   人間関係

 ●ゲームの対象が企業の社員がターゲットになっている
  ・女性が抱える葛藤がない(子どもとの生活 他)
  ・既存の枠組を強化する懸念、ワーカホリックだったら仕方ない(追認)
    「気をつけて昇進も健康もゲットしよう」というメッセージ
     死なないでゴール(昇進)できる
     その目標設定がゲームの隠れたメッセージがある
     リスクとうまくつきあって勝ち組になろう
     昇進出来ないリスク 2方向のリスク
    「こんな会社ではだめ、会社を変える!」方向にならない
    このゲームで理想の会社をデザインしようということにはならない
 •結局リスクを学ぶということは、リスクを取ってあたりまえ、とならざる得ない
  
 ●ゲーム「クロスロード」(*2)との比較
  ・「クロスロード」はYes/Noで答える
   例:助ける/助けない
     避難所に行く/行かない
     結果を個人が引受けるのでなく、積みあがっていく
   
  ・(クロスロードより)評価が明確
   例:下の二人など順位づけが多い→ 企業社会の基本の測定メジャーに合う

  ・(ネゴシエート・キラーは)現状追認型なので、どの段階でもその企業風土を変えることにはならない

(補足情報)
*1 ネゴシエート・キラーについては以下を参照してください
http://blogs.shiminkagaku.org/shiminkagaku/csij-newsletter_011_comtool_01.pdf
また、市民科学研究室の「ネゴシエート・キラー」開発をめぐる研究報告書(『生活習慣改善ゲームによる健康リスクコミュニケーション手法の改善実践』)には、この学習会の記録も含めて試行の分析・ゲームの改善を提案しています。以下からダウンロード可能です。
http://blogs.shiminkagaku.org/shiminkagaku/csij-newsletter_011_comtool_02.pdf

*2「クロスロード」については以下を参照してください。
http://www.bousai.go.jp/km/gst/kth19005.html
http://www.s-coop.net/rune/bousai/crossroad.html

また、「クロスロード」を実施したときの勉強会(2011年8月20日)の記録も参照してください。
http://focusrisk.exblog.jp/13598766/


(3)リスクに対するさまざまな立場について                                                 
・活動:現在の社会のさまざまな当事者を挙げる。
   2グループに別れる (10分)→共有

●グループ1
 ・原発の当事者って誰?
  膨大な当事者をどのような軸でわけたらいいか
  ■被害 心理的 経済的 物理的 関係的  大—小
   被害が無い

・原発のリスク2つのフェーズ
  ⅰ 事故が起ってしまった上でのリスク
    失業 親が亡くなる 自治体職員の激減 (社会的インフラがなくなる)
    5月 南相馬市の職員が少なくなる 義援金を配布、複数の原則、調査
    予算が下りてきてもこなせない
  ⅱ 事故が起こるリスク  確率は低いと言われていた
    健康被害はこれからおこるリスク

 ・何が考えられるか
  □個々の対応はクリアーできていても、組み合わせた時に見えなくなる
  □反原発の一枚岩にはなりにくい
  □重層的、広域的になるとどう動いていいかわからない
  □問題意識の濃度差  日常=推進派=はこれまで通り 反対に対応していく
             非日常=後退する
  □広報費 メディアが困っている
   子どものポスター展
  □日常の強さ=仕事として連なっている人が多い程「強い」=東電企業が手強い
   電気料金、原発の利益の循環の方法がある
   Business As Usual これまでが続く
  □電気料金=税金の感覚にならされている

●グループ2
 ・ステイクホルダー(利害関係者) vs 自分とのつながり
 ・Actionを起こす? 起こさない?を考える
 ・多くのステイクホルダーを洗い出す事で、変化を起こせる対象や当事者との関係がみえ
 てくる
 ・「変えられない」なぜそう思うのか? 
 ・自分とのつながりを5W1Hで考える
 ・多くのステイクホルダーを分担してアクションや変化を考える


(その2につづく)
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by focusonrisk | 2012-04-25 23:46 | 勉強会・記録

特定非営利活動法人 市民科学研究室 代表理事 上田昌文さん(その3)

(特活)国際理解教育センター
日立環境財団プロジェクトチーム
聞き取り調査

実施日時:2012年2月25日(月)10:00~12:30
対象:特定非営利活動法人 市民科学研究室 代表理事 上田昌文氏
聞き取り調査者:角田季美枝、角田尚子、福田紀子


3. 教育、とくにリスク教育について思うことはございますか?

生活知と教育現場の科学知の乖離という問題というか、最近、こういうことがありました。

講演会で「日光に修学旅行に行くことのリスクをどう考えているのか」という質問が出ました。そこで私は、「多少高い線量かもしれないけれど、2、3日なら長期間いるわけではないので、それほど大きなリスクはないのでは」というニュアンスで答えました。

それを聞いた人がショックを受けたのです。それは学校で自分の子どもを日光に行かせないという運動をしていたお母さんでした。上田さんがこんなことをいっていたと自分の地元で皆に話したら、メールで批判が届きました。

つらつら考えると、日光に行く・行かないの二項対立で考えると話が進まないことがわかってきました。修学旅行で日光に行かないということを決めた学校があるとします。当然、修学旅行は日光以外にも選択はあるわけで、それは問題がありません。ところがその選択は仮に正しいという社会的認知ができて、すべての学校はここ2、3年、修学旅行に日光に行かないことにしましょうとなったらどうなるでしょうか。日光の観光業者はつぶれます。そのリスクは誰が負うのかという話になります。日光に行かないことで外部被曝のリスクはなくなりますが、他のリスクとどうバランスよく考えるかは残るわけです。

一気に飛び越して「危ないところに行くのはよしましょう」という論理だけですべて語られることがあっていいのだろうか、ということです。

もちろん、すごく大きなリスクなら話は別だと思いますが、日光に2、3日いることは、一回レントゲンを浴びたらすぐに超えちゃうような線量です。そのことのバランスをどう考えるのか、それを議論したうえで学校としてはどうすると決めるならいいと思うのです。そうではなくてただたんに「危ない!」という保護者の声に負けてしまった、「じゃあ、今年はやめます」というふうな動き方だけで決まるとすると、実はいろいろ問題をはらむのではないか。

そういうことを含めて講演会などで丁寧に説明できればいいけれど、結論だけぱっと取り上げてとなってしまうと、話がややこしくなってしまうのですね。

リスクコミュニケーションの問題に戻ると、生活者はいろいろなリスクにかかわっていて
いろいろな科学技術に日々ふれているのですが、それを定量化して自分の曝露状況を調べるとか、どういうリスクが発生してくるか、もう一歩踏み込めばいくらでも考える素材はあるのに、なかなかそこまで踏み込めていません。

研究を企画して一緒にやりませんかというと、貴重なデータを取れる人はいっぱいいるのです。さきほど電磁波の24時間計測の話をしましたが、計測は実はすごく大変なのです。
自分の分刻みの行動記録をとるとか、家庭の中の家電製品の詳しい図面を描くとか求められますから。しかし、そういうことを体験することで本人も育っていくのかなと感じています。そういう関係が市民科学にはいっぱいあります。教育と銘打たなくても、教育効果はいろいろなところで発揮できると考えています。

例えば先ほどリストアップした質問の「あなたが一日台所で使う水の消費量どれぐらいですか?」ですが、どうやったら計ることができると思いますか?

シンクに大きなごみ袋をはりましょう。使った水をその袋に入れましょう、水を入れたごみ袋をもって一緒に体重計にのりましょう。そして自分の体重を引けばいいのですね。

そういう簡単なことでいいのですが、生活のなかで意外と貴重なデータを得られることは多いのです。そういうことを学校教育などいろいろひろげていくことができればと思います。

実はこれは昔の『暮しの手帖』が商品テストでやっていたことなのです。ここの商品テストはおもしろかったのですが、IHの2回特集でメーカーにたたかれたせいか(*補足情報8)、あれ以降、商品テストが商品紹介になってしまったようです。

身近なものの技術を自分なりに批評するのが、そういうところから育たないのは非常に残念です。

IHの商品テストの時も単にIHのことだけをいっているわけではありませんでした。商品を並べて比べて分析することを、身近なことでやっている点が重要なのです。いまの教育にはそれが欠落しています。

暮しの手帖社に商品テストの企画を持ち込んでみたこともありますが、中立性ということで持ち込み企画の商品テストはしないという方針だったようです。

国の機関であれ大学であれ企業の機関であれ、分析装置をもっていてきちんとしたデータを出せるところなら、手を組んでデータを出していくという方向で進めていかないと、あまりにも自分に閉じこもっているとやれることが限られてしまいます。オープンなつながり方をどうやってつくっていけるのかという方向で今後考えていかないと、正直対応できません。

電磁界の測定でも高周波をきちんと測ろうと思うと、とても高価な測定器が必要になります。大学でないと持っていない機械です。ところが大学に話をもっていくと、私たちの立場をいかがわしく思われてしまうわけです。「国の基準で認可されているものをあらためて測定することを私たちはしません」と、大学の先生は平気でいうのです。

研究費をもらっている側からすれば、国にたてつくような種類の研究をするような団体と提携するのはどうなのか、みたいに思われたのでしょうか。それはちがうのです。「あなたたちのやっていない研究デザインをもっているから一緒にやりませんか」といっているだけなのです。そこを乗り越える何かをみつけていかないと。どの分野でもこのような課題を抱えていると思います。

データなしにものをいっているということは、リスクコミュニケーション的にも重要な問題です。

計れるものがあり、計れる対象も計るべき対象もあるのに、そこをすっとばして危ない・危なくないに容易にいってしまうのは、両者にとって本当によくないことです。生活者の側から計る側に自分が変わっていくというスタンスに持っていくことが重要です。


補足情報(8)
IHクッキングヒーターの特集は『暮しの手帖』第四世紀2号(2003年1月)。それに対して関西電力ほか電力業界からの反論を受け、3号(3月)でさらに検証した特集を組んでいる。暮しの手帖では商品テストの内容などはインターネットで紹介していないが、以下で概要を知ることができる。
http://www.kanagawalpg.or.jp/txt/setnews2003.html
http://www.ene-web.com/fujikoyu/member/cheers/0304.html


4. 今回わたしたちが開発しようとしている教材および人材育成プログラムについて、ご提案などございますか?

ひとつには生活者の科学のあり方の理論化を痛感しています。

受け止める側からどうとらえて問題が起きたときに対処するかという整理の仕方が不足しています。

たとえば、ヒューマン・バイオロジーのような、自分の体のことを発生の段階から理解する、学ぶことはあたりまえのはずだが、日本の保健体育、理科でどれぐらい扱われているのか。微々たるものです。

電気がどこから送られているか、それは電気代にどれぐらいはねかえっているかについても教えていません。

学校で、およそ科学とはいえないような、結果だけを鵜呑みにするような教え方がされています。生活者と科学のかかわりは多くあるのですが、日本の理科、家庭科の教育ではほとんど抜け落ちたままです。そこを系統的に組み合わせてつなげていかなければなりません。理科室でするのが科学であると、ぜんぜんそうでないのにそう思わされているのです。科学の日常化というか、科学の社会的側面を理解する必要があります。

その次にいいたいのは、既存の研究機関と消費者グループなどの運動グループとが容易にやりとり(計測器の貸し借り、インターンシップなど)ができる制度的なものが足りないということです。個人的なつながりを通じてしか大学との提携ができないのにはいらいらさせられます。

いろいろな大学に「サイエンスショップ」ができ、市民や企業とつながりができるといいのではないかと思います。サイエンスショップというのは、オランダで開発された、大学の外から研究課題が与えられて大学院生が1~2年間研究して社会に公表する仕組みです。

また、日本全体にいえることですが、多くの市民にとって、生活することと政治意識のつながりが見えないままなので、「生活を良くするために政治的な手段を使う」という主体性を身につけることが必要です。

日常の買い物にしろ、政治的な側面があるのですが、そういうところに意識が育っていません。今回の放射能が典型的です。学校は保護者と行政との対立の板ばさみで、自ら話し合いの場を作って動くということができない。保護者も、自治体はどうしてくれるんだ、ちゃんとしてくれというばかり……という構図ができあがってしまう。

最後に、政策形成や科学技術研究開発のシステムに関する知識が科学者にあまりにも少ない。これは本当に困ってしまっています。

総合科学技術会議で何をしているか、ほとんどの研究者が知りません。科学技術基本計画は誰がどう決めてどう自分の生活にかかわってくるのかについても、関心がありません。科学はお金がないといけない事業です。研究プロジェクトを動かす人は、全体の動向を知っていないといけません。大学院生でこれから科学者になろうという人であれば、うちのボスがどうやって研究資金を調達しているのか把握していないとまずいと思います。

ボスは政治的に動いているのですが、政治的に無自覚です。国の動きに加担していることなので、お金をとってきただけではすまないところがある、という点がわかっていません。研究のお金のめぐり方、回り方の問題であり、原子力はその典型です。外側から見たらどう見えるかがわかっていません。そこを自覚してもらわないと困るのです。

お金の流れをどう見える化できるかについて、明らかに大学、国の行政だけではなく、マスコミを含めてうとかったと思っています。原子力をめぐるお金の動きを調べてみましたが、一番公表したい内容もあるけど、公表したらたたかれるだろうなと思っていることもあります。つまり、お金を動かしている側(例えば経産省の担当官)の経験からみたら、こちらが「これはこうじゃないか」という解釈をしたら、「あいつわかっていない」ということがけっこうあるだろうと思います。

公表するには全体構造がわかるように、かつ、内部の関係者がはっと感じるよう、工夫しないといけません。そうしないと相手と話ができなくなってしまいます。

大きなお金の動きについては、国会議員でも必ずしも全体構造がわかっているとは限りません。どう提起していくべきか・・・・・・。

科学技術社会論学会のようなところが本当は踏み込んでほしいのに、メインストリームの話が出てきません。自然科学や工学の研究において、本当に革新的・先端的なことを研究している人は全体の1~2割。のこりは、私の印象では、既存の研究の穴埋め作業的なことを延々とくりかえしています。たとえば電磁場の人体影響について言うと、Aという研究では、こういう動物に電波をあててみたらこういう範囲の影響が出ました。Bではちょっと曝露条件を変えてみたら、データがこうなりました。それが新しい論文になっています。つまり、今の基準を変える必要がありませんという論文をいっぱい出しているわけです。

総務省の電磁場の人体影響に関する研究枠では毎年20億円出ています。調べてみたら、受け取っている研究者も毎年同じ顔ぶれです。明らかに似たような結論を出すような研究に、国民の税金を使っているわけで、研究者の良心があるのかといいたくもなります。ただ、それを覆して批判するのは大変困難です。

*本記録は、角田季美枝が原案を作成し、上田さんに加筆修正いただいたものである。なお、補足情報は国際理解教育センターで追加した内容である。
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by focusonrisk | 2012-04-04 11:35 | 聞き取り調査

特定非営利活動法人 市民科学研究室 代表理事 上田昌文さん(その2)

(特活)国際理解教育センター
日立環境財団プロジェクトチーム
聞き取り調査

実施日時:2012年2月25日(月)10:00~12:30
対象:特定非営利活動法人 市民科学研究室 代表理事 上田昌文氏
聞き取り調査者:角田季美枝、角田尚子、福田紀子


2. 現在の日本社会におけるリスクコミュニケーションについて、何が課題と思われますか?

3.11以降の被災や汚染に特化した活動とからめて、いくつか課題と思われるものを紹介しましょう。

3.11以降の被災や汚染などに特化した活動としては放射線被曝、がれきなどについて問題提起されています。約80人の人が参加している会員メーリングリストで、多少なりともそういう分野の知識をもっている人がいろいろアイデアを出してくれます。そうすると、専門家に聞きましょうという前の段階で、そういうところから貴重な情報が得られたりすることもあります。そういうネットワークを手がかりに専門家とのつながりをつくることができる基盤があるということです。

放射線リスクに関する緊急セミナー、ホームページでの「震災救援」のコーナーでの情報発信、「市民科学講座」で公開の場での議論機会の提供、「市民科学談話会」での、当事者や関係者を招いての少人数でセミクローズドな徹底した議論、他団体との連携による取り組みなどもおこなっています。

●研究グループの研究から

個々の研究グループに特化した活動ではたとえば、2年前にできた住環境研究プロジェクトのメンバーが大槌町の漁業関係者と縁があり、大槌町の住宅再建の方法を研究しました。大槌町に足を運んで住民の意見を聞き取りました。

土地制度の問題が根幹にあって、家が流されても土地の所有権が残っているため、公共的な視点で大規模なまちづくりができないことをつきとめて、具体的な提案をまとめましたが、大槌町の政治状況の関係で提案の実現はできていません(*補足情報4)。かかわってくれた専門家の人も含めて、震災後の住まいのあり方のアイデアをまとめて本にしようということを計画しています。

そのほか、三陸湾と東京湾の漁師の震災後の暮らし、震災後のコミュニティFMの力の下支えの必要性、水インフラの問題、エネルギーの問題など、いろいろ提案したい内容があります。たとえば、日本では、コジェネ技術などエネルギー技術がいろいろな分野で開発されているのですが、市民がそれを一覧する機会が少ない。太陽熱で温水をつくるのと太陽光パネルで温水を作るのとどちらが効率がよいのかなど、市民にとって身近なことなのに定量的に示されていませんし、体験できる場もありませんので、そういうような活動ができればいいなと思っています。

●内部から変えられない原子力の状況

マスコミの論調が、原子力について、御用学者かそうでないか、原発推進か脱原発かなど二項対立的になっています。原子力の内部にいる人は外にいったらたたかれると思っているが、原子力ムラに問題があることもよくわかっているという、濃厚なジレンマを感じていて、人によってはひきこもってしまって出てこないといううわさも聞いています。これはどうにかしないといけないということで、友人のツテを通じて場をつくってもらって、原子力関連の専門家、原子力委員会の委員の方、そして大学院生、学生などに集まってもらって率直にオフレコでしゃべってもらうことをしました。

今後、原子力をやめていくにしても核廃棄物などは残るわけですし、どう体制を変えるのか、内部の人に考えてもらい外部の人とやりとりしてもらう場を作る必要があります。学会で発表しましたが、この問題は非常にむずかしい。利権がちがちの構造を脱却しないといけないが、研究者は自分の研究を残していきたい、今後の研究資金はどうなるのか、という心配をしている。しかし研究を全体にどう変えていったらいいのか話し合いの場がなく、経済産業省の審議会などで決めてもらえば従うというように、内部からこう変えていきたいということがない。非常に問題なのです。

●お母さんの発案で始まった「放射能に関する親子ワークショップ」

私は放射能の専門家ではありませんが、5年前から低線量被曝の研究会を組織して勉強ををしていたため、ICRPの勧告、ECRRの報告書など読んでいてバックグラウンドができていたので、今回の事故がおこってリスクをどうしたらいいのかという講演を各地でする機会も増えました。

その中で、世田谷のお母さんからリクエストがあって、放射能について子ども自身がいい形で知っていく形を考えられないかということで、親子ワークショップを世田谷でおこないました。

親子10組、2時間ぐらいで5回ほど実施しています。最大20組ならできるかもしれません。

ワークショップでは、ふだん感じている、考えていることをいろいろ出してもらってそこから組み立てます。子どもから引き出す面が大きいので決まりきったことを教えるタイプではありません。最後は子どもたち自身が自分で測定して自分で考えてもらったり、さらに親だけ残ってもらって質疑応答しながら考えることをしています。

具体的な内容ですが、食べ物のことをどう伝えたらいいかと考えて、買い物で考えてもらっています。

「いまからいろいろな食材を見せますので、お母さんと買い物リストをつくってみてください」

そして、実際に作ったリストに、実測したデータをあてはめて、1回の食事、買い物で何ベクレルぐらいになるかお互いの買い物リストで比較してみましょうと進めます。グループによって差が出ます。なぜそうなるのかの話し合いを進めます。

この内容はけっこう実用的で、やってみて非常に好評のようです。

お母さんのアイデアが結構大きくて、地域で子どもたちを守ろうという経験が生かされていておもしろいと思います。

放射能がらみではあと2つ行った活動があります。

●実現後に問題がおこった「福島の子どものフィルムバッチ調査」

ひとつは福島の子どもたちにフィルムバッチを持ってもらうことです。伊達市で実現し、その後福島市にも広がりました。子どもたちは線量の高いところで生活をしています。将来的なことを考えると、どれぐらい浴びるのか把握しておかないといけません。医療関係の人がもつクイックセルバッチをある期間つけておいてフィルムを送って累積線量を計算してもらうのであればいいのではないかと考えました。

そこで、バッチをたくさん借りるとどれぐらい費用がかかるか企業に問い合わせたところ、事態も事態だから安くできますといってくれました。これなら市議会にもっていってもいけるのではないかと、福島に講演に行ったときに呼んでくれた人がいろいろなつながりをもっていたので、その方の友人であるPTAの会長さんを通して知り合いの市議さんに提案してもらったところ、伊達市で通ったのです。伊達で通ったので福島市でも、というわけで、はるかに大きい規模のお金で子どもたちに線量計をもたせることができたのです。

しかし、実現したけれどいろいろ問題が生じています。地域によっては、ある線量以上の高い結果を示さないとデータは教えませんなどとなっています。あとあとのケアの参考にするために子どもたちにずっとつけてもらわないといけませんので、協力が必要ですし、それが大前提というか、きちんとした諒解がないとだめなのに。

子どもたちを安心させるために使っているのに、高い線量以外なら問題ないですよ、となっていて、批判がつづいています。親たちからは「子どもたちをモルモットにするのか、データだけとるのか」という批判が当然出てきています。

それは福島県民健康管理調査のリーダーが山下俊一さんであるということにも関係しています。ああいう人をトップに据えての調査でほんとうにちゃんとやってもらえるのかと批判があって、県民健康管理調査の問診票の回収は2割程度と聞いています。これではデータとして使えないのではと不安になります。そういう中で、クイックセルバッチの調査が組み込まれているわけです。

問題は、個人にデータを戻すなどのルールを市議会が文書化して残してしなかったことにあります。倫理委員会をつくるなどの経験がないから、そのあたりが曖昧になってしまったように見受けられます。

福島の子どもたちの健康をどういう視点から調べてどういうケアが必要なのかを含めて全体で納得してもらえるか、本当に問われていると思います。福島に関してリスクをどうとらえるか、リスクで統一的見解を出しにくいにしても、社会的なケアを含めてどういう対処をしていったらいいのかを考える必要があります。政府なり責任ある機関がどう動いたら、人びとが本当の意味で的確に反応して安心感をもって対処してくれるのか、ということの見通しが甘すぎます。

この県民健康管理調査に20年間782億円の資金を投じることになっていて、かつてABCC(原爆傷害調査委員会)が中心になって行われた広島・長崎の日米合同原爆調査の延長線上に位置づけることができるものです。健康管理調査のデータの出し方などを見た上で質問状や意見書を出しています(*補足情報5)。一歩一歩するしかありません。

●食品の放射能汚染測定データのメタ解析を通じた提案

自治体、市民団体などいろいろなところが、食品の放射能汚染の測定活動を実施されていますが、測定の精度や結果をどう判断するかについてもいろいろです。

またデータを見ていくと、農作物の中に放射能が容易に入るものではないこともわかります。測定の合理化も考えていけるわけです。どういう土壌なら移行しやすいか、植物のどの部分にたまりやすいかなど、データがつみあがりつつあります。そういう状況をみたうえで、細かい産地別、植物の品目別などみて何に出て何に出ないという科学的根拠をみていくことができるようになります。

市民研では「大地を守る会」と提携して、また、これは農業関係者にとってはきわめて深刻な問題なので、いろいろな自治体が農業試験所などでデータをとってインターネットで公表していますので、それも含めて解析していきたい。そして、2012年はこのしらみつぶしの計測をやめて、重点的な計測をしようという提案をしたいと思っています。

また、これは消費者にどう伝えるかも伴います。「これは測定をやめます」といったら、「困るよ。出てきたらどうする?」と返ってくるのは当然予測されるわけです。しかし、科学的根拠やデータを示したら、納得してもらえると思います。これは本当にリスクコミュニケーションになるのではないでしょうか。

幸い、科学技術社会論学会による2011年度「柿内賢信記念賞研究助成金」の実践部門での助成を受けることができたので、「食品放射能汚染の計測の合理化・適正化に関する社会実験的研究」をする予定です(研究期間1年、助成額50万円)。ここ2~3か月で提案できるようにしたいと思っています(*捕捉情報6)。

科学者はデータをいじることは上手ですが、メタにデータを解析できる視点がありません。また、どう公表したらどういう意味を社会にもたらすのかという考察をすることもしていません。そこにふみこんできっちりすることが市民科学です。

今回のようなことが起こると、大地を守る会のような自主グループの会員さんたちは政府の基準を信用しませんので、大地を守る会独自基準が必要になります。つまり、独自のサイエンスの活用がいることになります。

しかし、大地を守る会はそこまで踏み込むことができません。測ることは測る、すごくお金をかけてたくさんデータをとっているのですが、どういうふうに見ていったらいいのか自分たちにはよくわからないわけです。

大学にいる研究者が大地を守る会のデータをみていくことができればいいのですが、そういう関係がそもそもありませんし、大地を守る会にしても、どこに依頼したらいいのかわからないという状況です。

そこで市民研の食のグループの5人で取り組んでいます。メンバーには専門性はありませんが、食のリスクについて議論してきたので、まずは既存の公表されたデータからどういう品目にどういうパターンで出るかを分析してもらっているところです。

数が多いから人海戦術的にグラフをつくっていくしかありません。どういうファクターが放射能に影響があるかをみていこうとしています。

試行錯誤でやりながら、この品目に関してはこういう育て方をしていくとこういう出方で出るぞ~ということは見えてきたように感じます。もちろん、わからない部分もけっこう残ると思います。

放射能の代謝はいろいろわかっていますが、いろいろなファクターがあって一般化できないことが問題です。チェルノブイリのデータで判断できないこともいっぱいあります。

そして、消費者にどう伝えるかは検討中の課題です。科学的に整理されたデータをそのまま見せてもしようがありません。どういうふうに納得してもらえるか。とくに農家の人は自分がつくっているから、「もう出ないですよ」と結果だけいわれても納得しないでしょう。

結果だけで判断をするのではなく、データをみて判断能力、データを見る力をつける事が大事かなと。

農家の方は出る・出ないにものすごく関心をもっているので、自分ですごく勉強をしています。ですので、化学を学んでいないのに、質問がマニアックで、そうかそんなことまで考えられるのかと感心させられます。そういう人はコミュニケーションの地盤ができていてこちらのいうことがぱっと通じるのではないかと思うのです。とくに生産者と消費者の関係が近いような場合、コミュニケーションをしやすいのではないかと思うので、そこをモデルにしてやってみようと思っています。

専門性を持ってやっている部署は、市民と対話する回路をもっていません。自分たちの研究がどう応用されるかというルートは決まっているので、そのルートにのって情報のやりとりをしているところがほとんどです。いったんリスクなり事故なり社会的に大きな事象が起こった場合、どう対処するのかというと、いわば外部にお任せ状態だったわけです。担当セクションがあるでしょうということで。しかし、今回の放射能に関しては担当セクションも知らない、わからないような問題です。

それぞれ関係している部署がどうつながって動かないといけないかという設計が実はできていなかったということが、露骨に見えてきたわけです。

多少なりとも生産者と消費者の顔が近いところで、自分の関心に応じて自主測定して情報発信するところがたくさん出てきた。そこに私たちがのりこんでいって、どういうやり方をしているか、どういう仕事をしたときにうまくいったのかを調べて、それをさきほどの大きな社会全体で回路がずたずたになっているところに持ちかけていきましょうと。そういう方法というか視点が大事と思っています。

それは地域のなかで、リスクの問題に限らず、生産と消費、開発と応用というように、距離が比較的近いような動き方をしているところは、リスクの問題を生じたときの動き方のモデルとして考えることができるのではないか、そこで起こったことの事象をうまくひろげていく方法を考えていけばいいと思っています。

問題なのは、消費者が個人防衛的にリスクに対処していることです。それは、国の言っていることを信じられない、また自分には科学的なデータを読む力もない。それであればまず身をまもれ、子どもを守れとリスクゼロに限りなく近いところに走りこんで行くわけです。問題なのは、そういう行動が社会にとってどういう影響が出るのか視野にないことです。

そういうふうになる前に、本当は話し合いがいるわけです。そういうことをしようと思ってもできない人もいるし、避難だって個人でできない人もいるわけです。個人に勝手にやってくれ、では話が終わらないのです。

●2012年6月に市民科学国際会議を開催

今年の6月23-24日、放射線防護に関する市民科学者国際会議を開催しようと計画しています(*補足情報7)。

低線量のことをどう考えるか、日本のデータを海外の研究者が見たらどう見るか、福島でどういうケアが必要か、海外の研究者を含めて公平中立にオープンに討論できる場をつくろうということを提案したいと思っています。

補足情報(4)
住環境研究会の大槌町復興に関する活動については、以下を参照してください。
http://archives.shiminkagaku.org/archives/2011/07/post-272.html
http://archives.shiminkagaku.org/archives/2011/07/post-267.html

補足情報(5)
市民科学研究室は、福島県県民健康調査については、福島県知事宛に「県民健康管理調査に関する要望書」を2011年7月12日付で提出しました。
詳細は以下を参照してください。
http://archives.shiminkagaku.org/archives/2011/09/post-274.html
http://blogs.shiminkagaku.org/shiminkagaku/2011/09/post-57.html
http://blogs.shiminkagaku.org/shiminkagaku/2011/09/post-65.html

補足情報(6)
詳細は以下を参照してください。
http://archives.shiminkagaku.org/archives/2011/12/post-283.html

補足情報(7)
放射線防護に関する市民科学者国際会議の呼びかけ文(日本語・英語)は、以下を参照してください。
http://blogs.shiminkagaku.org/shiminkagaku/2012/03/20126.html

(その3につづく)
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by focusonrisk | 2012-04-04 11:31 | 聞き取り調査

特定非営利活動法人 市民科学研究室 代表理事 上田昌文さん(その1)

(特活)国際理解教育センター
日立環境財団プロジェクトチーム
聞き取り調査

実施日時:2012年2月25日(月)10:00~12:30
対象:特定非営利活動法人 市民科学研究室 代表理事 上田昌文氏
聞き取り調査者:角田季美枝、角田尚子、福田紀子

1. 日本社会の状況に対して、貴団体・組織がめざす貢献は何ですか? また、これまでの貴団体・組織の実践から、学んだこと、今後に活かしたいことは何ですか?

●市民科学研究室の活動について

市民科学研究室(以下、市民研と略)は、もともと「科学と社会」について考える個人的な勉強会(「科学と社会を考える土曜講座」)として、1992年から始めて組織化していき、2005年に特定非営利活動法人となりました。20年間活動していても現在、会員は262人という小さな団体です。ただ長年支えてくださる方がいるので、私がひとり専属でかかわり、有給の事務局スタッフが1人いて週2~3日来ています。理事は基本的にボランティアで10人います。

科学技術は一般の市民の視点や生活で問題化されていません。科学技術の先端にも切り込める市民を育てたいという思いで活動を展開しています。活動は調査研究、子ども料理科学教室、学習会の講師などさまざまです。

現在の調査研究グループは7つ。ナノテクと社会、環境電磁界、生命操作・未来身体、低線量被曝、住環境、食の総合科学、科学コミュニケーションツールでおこなっています。きょうの午後おこなう生活習慣病予防ゲーム「ネゴシエート・キラー」は科学コミュニケーションツールの研究グループで研究開発したものです。

研究グループの研究は、専門家を集めて進めるのではなく、一般市民に対してこのような研究を行いたいとメンバーを公募します。メンバーが話し合ったうえでテーマを決めて、それぞれ月1~2回のペースで会合をもち、1年、2年かけて自分たちで調査して見つけた成果を公表する、提言としてまとめるという方法でおこなっています。大学のように恒常的に研究費がとれるわけでも、実験装置があってオリジナルのデータをとることができることもありませんが、状況に応じて自分たちで工夫して進めるというような方法であっても、科学技術の先端にあるものでも切り込むことができます。

というのは、社会との接点で技術が引き起こす問題に対しては、研究が手薄だったり、大学の研究でも抜けていたり、市民の視点に立って問題化されていないからです。(*補足情報1)

●「リビングサイエンス」という考え方

市民科学という私たちの立場がどういうものか説明しましょう。

台所という場所を考えると、台所は、ごみの問題、水の問題、GM(遺伝子組み換え農作物)の問題など全部がつながって見える場所ではあります。ところが、社会的には食うものをつくるところという位置づけになっています。実際は台所と社会のつながりをたどっていくと、科学面を含めていろいろな要素が入ってくるにもかかわらず、社会的機能としては単純化された場所になっているのです。

つながりをちゃんと見せていくと、たとえば、水のことが気になるなら、台所から変えていくことができるということがわかります。社会といろいろな技術のつながりを、「そこ」を起点にして見ることによって、社会をより良く変えていくルートを見出していくことができるのです。

そういう発想でとらえようというのが市民科学研究室でつかっている概念のひとつで、リビングサイエンスといっています。身近な生活を基点にして、物事を見ていくということですね。(*補足情報2)

●消費者の代表と研究者が前もって議論する

ナノテクノロジーの研究のなかでナノフードを取り上げました。開発している企業はいろいろ知っているが、消費者は知らないのです。下手に伝えると「ナノフードはすべて危ない」となってしまいます。そこで、テクノロジーアセスメントで専門家、企業の開発部門と議論をする機会をつくり、2年間、議論しました。

そういうことからわかってきたのは、消費者といっても一般市民に向けてある情報をボーンと発信したらいいという問題ではなく、研究開発途上のものについては、消費者の代表に集まってもらってじっくり勉強してもらって、それで専門家とやりとりすることをしないとまずいということです。

そこでNACS(日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会)の人たちに動いてもらって7~8人の研究会をつくり、企業の開発部門がプレゼンし、NACSの人が見てわからないことを質問することを繰り返すというやり方で議論し、ナノテク食品を開発するのであれば、社会的に気をつけないといけないという点を提言しました(*補足情報3)。

これを消費者教育というべきかどうかわかりませんが、消費者にとってまだ十分よく知らないこと、けれどもリスクがあるかもしれないことについて、前もってどうやって受け止めて、いい形で社会で議論するようにもっていくか、検討がが必要だということです。

消費者が「賢い消費者」になることは、科学技術のことにも絶対かかわってくることなのです。

これに似た経験ですが、市民研というより個人の仕事でアサヒビールと年に1回「消費者ダイアローグ・ワークショップ」の企画検討・ファシリテータをしています。

消費者からのクレームには、会社全体の研究開発、販売、宣伝と大きくかかわってくるものが相当あります。そういうものを社員の人たちにどう受け止めてもらったらいいか、アサヒとして消費者に向けた企業活動をするにはどうするかを検討したいと相談されて、お客様相談室のスタッフと消費者教育などの専門家の先生を呼んで、毎年1回ワーククショップをしています。

企業の中にも消費者の声を受け止めてうまく生かしていくしくみをつくることが必要ということがわかります。

●定量的に日常を把握する

市民科学的視点で強調したいのは、ものを定量的にとらえることがどれぐらい日常でできるだろうかということです。

たとえば、以下のような質問に、どれぐらいの市民が答えられるでしょうか。

・携帯電話の電磁波の強さはどれぐらい?
・どの暖房器具をどう使うのがあなたの部屋では一番効率がいい?
・オール電化住宅は“お得”なの?
・自宅の家電機器などの待機電力はどれぐらい?
・月何リットルの水をどう使っているの?
・あなたの消費物資の海外依存度は?
・あなたは検査でどれぐらいのX線を浴びてきたか?
・あなたの体内のPCB濃度は? 放射線の内部被曝量は? 母乳中には? 胎児にどれぐらい移行するの?

携帯電話の電磁波についてですが、おそらく測っている人は非常に少ない。他の機器の電波の強さと比較する人も少ないでしょう。

しかし、実際に私がよくたとえていっていますが、「携帯電話の電磁波は、電子レンジに耳を当てた多時に浴びるものよりも強いことがある」のです。電子レンジは高周波をつかっていてマイクロ波です。電子レンジをオンしているときに箱から漏れてきています。実際に使っているときに体を近づける人はいないでしょうが、携帯電話の電磁波は電子レンジを真横にもってきたときより強いことがあります。

いい・悪いはべつにして、いろいろな事象のなかで「どれぐらい」という量的なもので見ていくと、実は知らないことだらけ。そういうことを入り口にいろいろ探っていく。

携帯電話は出力自体はそれほど大きくはないのですが、電波以外にも電気をつかっていることで生じる低周波磁場も結構大きいのです。

無線LAN、携帯、WiMaxなど、電波はまわりの環境で知らず知らずに増えてきています。ほとんどの家電製品にはインバータが入っているので、少し高い周波数のものが出ています。すべての周波数をトータルに曝露状況を調べたら、ここ10年間ですごく増えているのです・・・・・・と、いま、おおまかにいっていますが、実はそういうことを調べた調査はありません。だから驚くのです。

それぞれの電波の専門家、電気から出てくる磁場の研究家はいるのですが、何を研究しているかというと、めちゃめちゃ高い磁場の中で細胞がどうなるかという研究であって、家庭環境中でどうなっているのかは調べないのです。だから、ものすごいギャップがあります。

これだけリスクのことがいわれています。「リスクはないですよ」と、安心させたいなら測らないといけません。しかし、それがなくてものをいっている人がいっぱいいるのが現状なのです。

そういう意味では、市民研は電磁界については1999年から取り組んでいるので、いろいろな測定をしています。24時間計測できる機械を20人に携えてもらって測ったこともあります。国立環境研究所が大規模な疫学調査をしたとき、1台40万円のメーターが100台あります。そのようなものは市民が買えるわけがありませんので、貸してくれないかと頼んでみました。まだ当時ご存命だった兜先生がいいでしょうと個人的に貸してくれたので、オール電化住宅に住んでいる人とそうでない人の曝露状況を比較できたのです。

オール電化に住んでいる人が高いだけではなくなぜ高いのかもいろいろわかりました。オール電化に住んでいる人で高い人はIHだけが問題でなく、床暖房が問題であることや、意外なものが高かったこともわかりました。たとえば、台所ではかった時、電子レンジを使っていないのに高かった。台所の向こうにエコキュートがあったのです。

ただ、国が採用している基準からいえば、そんなに曝露していないということになります。

電磁波の曝露では何が起こるかわからない部分がいっぱいあります。高圧線の下に住んでいる子どもの白血病や携帯電話の脳腫瘍など、気になるデータもあります。けれど基準値を変えるには及ばないと、国際機関がつっぱねているのが現状です。


補足情報 (1)
「市民科学」を市民研は以下のように定義している。
http://www.csij.org/what-cs.html
「市民科学」とは「市民の、市民による、市民のための科学」。複雑で高度な専門知に立ち入らねばならない場合であっても、市民がそれを回避せず、しかも専門の細分化に足をすくわれることなく、生活の総合性をみすえて問題解決にあたることが鍵になります。

また、設立趣意書では「市民科学」を提案する問題意識や定義が以下のように記述されている。(編注:読みやすいように改行を加えている)
http://www.csij.org/img/shuisyo.pdf

*市民科学とは、
(1)市民が不安や危惧を抱く問題をみすえて、その問題解決のために調査研究をすすめる、
(2)科学技術のあり方に関して市民の問題意識や関心を高める、
(3)市民と専門家の間の対話を促進し、専門性の障壁をうまく乗り越えていく、
(4)科学技術政策に市民の意思が適切に反映されるようにする、といった総合的な取り組みである。
すなわち市民科学は、科学技術の活動が展開される様々な局面で、市民が主体的・実践的に関与していく機会を作り出していくことであり、総体として科学技術の発展を適正に制御し、持続可能で公正な社会の実現を目指すものである。

科学技術がもっぱら専門家によって研究開発され一般市民はその成果を享受するだけという、これまでのあり方をどこかで変えなければならないだろう。そのときに肝要なのは、一般市民が「科学技術のことは専門家にお任せする」というこれまでの姿勢を改め、専門家や政策立案にたずさわる人々に自分の意思をきちんと示し、ともに問題解決をはかるよう働きかけることであろう。素人にとって歯が立たないように思える専門知識に対しても、様々な助力のもとに市民が上手に向き合っていく方法があるものと思われる。

補足情報 (2)
リビングサイエンスについて、市民科学研究室のウエブサイトでは以下のように定義している。
http://www.csij.org/what-cs.html
「リビングサイエンス」とは「生活を基点にした科学」。さまざまな形で生活に入り込んでいる技術や科学知を、市民が主体となってよりよい暮らしに向けて選択し、編集し、活用し、研究開発を適正に方向付けていくという多面的な活動です。

補足情報(3) ナノテク食品のテクノロジーアセスメントの研究報告書は以下からダウンロード可能になっている。
『TA Report フードナノテク 食品分野へのナノテクノロジーの応用の現状と諸課題』
http://i2ta.org/files/TA_Report01.pdf


(その2につづく)
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by focusonrisk | 2012-04-04 11:27 | 聞き取り調査