<   2012年 02月 ( 2 )   > この月の画像一覧

秋田県立大学 金澤伸浩准教授

日時:2012年1月9日(月・祝)13:00~14:30
対象:秋田県立大学 金澤伸浩准教授
聞き取り調査者:角田季美枝、角田尚子、梅村松秀、吉村和哲

1. 金澤さんの自己紹介とリスクに対する関心をお聞かせください。

13年前、化学会社から秋田県立大学に転職しました。専門は水環境ですが、講義の中で「リスク」を扱うので、リスクマネジメントなどを独学した者で、リスク学の専門家という意識はありません。

現実をみていますと、化学物質やBSEなど、ささいなことが社会問題化し、風評被害や無駄な社会コストが生じるケースが繰り返されています。それはなぜなのかを考えてみますと、「科学リテラシー」の不足のほか、「リスク」で考えないことによって、怖がる必要のないことに怖がったり、自分でリスクを判断しないで、他人に判断を委ねてしまう状況があるからではないかと思います。

なぜそうなってしまうのかを掘り下げてみますと、確率としての「リスク」という考え方自体を日本人が理解していないのではないか。さらに考えていくと、日本の教育で、「リスク」について教えられていないからではないかと考えました。幼稚園以降の教育内容を定めている文部科学省の学習指導要領を調べてみると「リスク」の概念は出てきません。ただ、学習指導要領の今回の改訂で、高校の工業に「環境工学基礎」が新設され、ここで初めて「リスク」という用語が登場しています。この現状では「リスク」がわからないのは当然ではないかと思います。

一方、政府は食品や原発の関係などではリスクコミュニケーションをしています。リスクコミュニケーションのガイドも出されていますが、うまくいっていない。原因については色々指摘されていますが、リススを理解する基礎知識が教育されていないことが原因にあるのではないか、つまりリスクの基礎を教える教育の普及がブレークスルーになるのではないかと考えています。

しかし先のように正規教育の中に含まれていないのですから、そうであれば、「外」からの教育プログラムとして普及していくのが良いのではないか。ただ、リスクに関する本はすでに山ほどあって、それを紹介したところで効果がないのは明らかです。そこで、環境教育で行われる体験学習法でリスクを教えられないか。そう考え、あれこれ教材を探して出合ったのがPLTのFocus on Riskでした。なぜ日本語がないのかとERICに尋ね、必要性を訴えて翻訳プロジェクトを立ち上げていただき、現在に至っています。内容は十分とは思いませんが、まずはここから始めたいと思っています。

今回の東日本大震災では、本当に切羽詰まった状況では個々人がリスクを判断して行動された様子が多く伝わってきました。つまりリスクが全く使われないわけではなさそうです。一方で、一律な対処によって、個人の選択肢を狭めてしまう政策、個人の判断を許容しない政策がありはしなかったでしょうか。たとえば、放射線を恐れて体の不自由なお年寄りを避難所に連れて行くことは、個人のリスク(エンドポイントは死亡)を増大させる場合があると思います。避難すること自体のリスクが高いのにそれを強要する。それは社会の損失につながることです。

政府や行政がするのは必要最低限で、基本は個人がリスクを判断して、自由裁量で行動できるようになる方が経済的にも効率的でないかと思います。個人が行うリスク判断に合理性があるのなら、それをできるだけ尊重して追加で個々に対応する、その方が満足度が高く、経済的にも効率的になることはないでしょうか。

これを実現するには、個人が科学観をもち、リスクを判断し、意思決定できるようになる必要があります。現在は国民が政府などにリスクの判断を委ねてしまう、権威に依存する傾向もあります。それらを改善していくために、リスク教育が必要なのです。


2. リスク教材開発のガイドラインVer.1.1についてのご意見をお聞かせください。
(ガイドライン)
(ア)科学観を伝える教材であること。
 (1)科学の答えは一つではない。
 (2)近代科学技術社会におけるリスクとは何か。
 (3)科学的証明、根拠以外の価値観があることを伝える。
 (4)生徒一人ひとりに科学観を育てる。
(イ)シチズンシップを育てる教材であること。
 (1)政治的リテラシーを育てる。
 (2)公共心、参加、貢献を育てる。
 (3)コミュニケーション能力、対立の扱い方を学ぶ。
 (4)社会的合意形成の方法論を学ぶ。
 (5)アドボカシー、社会的提言の態度・姿勢・行動を育てる。
(ウ)思考スキルを育てる教材であること。
 (1)メディアリテラシーを育てる
 (2)12のものの見方・考え方のような分析の力を育てる。
 (3)PLTの高次の思考スキルをカバーする。
 (4)経験学習的アプローチで、体験から学ぶ力を育てる。
 (5)全体言語主義によって、心・からだ・頭を統合した学びであること。
(エ)社会とリスクの関係について学ぶ教材であること。
 (1)過去の共有~リスクを巡る対立の歴史~分権、フィールド調査、もの、人
   1)「水俣病」、「BSE」など、なぜ経験から学べないのか
 (2)現状分析
   1)核燃料サイクルのジレンマ
   2)適応的対策力をつけるには
 (3)未来のビジョン
 (4)行動計画

ガイドラインを拝見して「リスクに関する話がぽこっと抜けている」というのが第一印象でした。これはリスクコミュニケーションというより、科学コミュニケーションのガイドラインではないかと感じました。「リスク」という言葉が出てくるのは(エ)のみです。

私はリスク評価なしにリスクコミュニケーションはありえないと考えています。
リスクの概念を理解するには
・リスク
・ハザード
・エンドポイント
の3つを学ぶことが必要で、そのうえで
リスクアセスメントを行い、意思決定をするという流れです。その過程でリスクコミュニケーションがあります。それらがガイドラインには必要と思います。

a0204507_052082.png


また、メディアリテラシーも重要です。リスクアセスメントで数字は出ますが、同じ数字でも人によってどう判断するかは違いますし、故意に異なった認知をさせることもできますので、マスメディアのリテラシーやリスク認知のバイアスについての教育は必要と思います。

Focus on Riskには、リスク、ハザードなどの用語や、リスクアセスメントについては紹介されていますが、リスク認知のバイアスの内容はありませんので、補足する必要があると思っています。

リスクの理解には段階があると思います。第一段階は「ハザードが理解できる」、第二段階は「リスクを正しく理解できる」、第三段階が「リスクに基づいて行動できる」です。リスク教育において、第一段階はいいのですが、足りないのは第二段階と第三段階です。Focus on Riskは第三段階を狙い、そのために第二段階を扱っていますが、まずはそれで良いと思います。

リスクという言葉はいろいろ使われていますが、それぞれ意味が異なっていて、理解を難しくしていると思います。

経済学、金融の領域ではリスクは結果の不確実性の意味で使われています。リスクの大きさは、被害を被るあるいは利益を得る不確実性の大きさを示します。大きく得をするかもしれないけれど大きく損をするかもしれないもの、つまり確率的な変動の幅が大きいものをリスクが大きいという。

化学物質のリスクというときは、不確実性はありますが、発がん性など結果(エンドポイント)の程度を固定して、その発生確率をリスクと呼びます。
工学のリスクは被害の程度×発生確率で表されます。(*1)

a0204507_053216.png

(出典)金澤伸浩「第15章リスクの基礎知識」、秋田県立大学経営システム工学科編『経営システム工学とその周辺』横浜図書、2011年、p.191を改変。

一般にいまリスクマネジメントといわれているものは、実際はハザードマネジメントをしているものが多いと思います。生産現場では被害の程度と頻度を横軸と縦軸にとって、3×3の9段階のリスク・マトリックス表を作り、リスク評価を行うことはありますが、せいぜいその程度です。多くは直感でリスクを判断してハザードの善し悪しを決めてしまう。リスクを算出したり比較したりするリスクアセスメントを行わないにも関わらず、リスクマネジメントと称するケースは多くあります。

リスクコミュニケーションの教材のガイドラインに戻りますと、よく見れば(ア)(3)はリスク認知についての内容です。(ア)(4)は意思決定に関係しています。リスク教育の教材として必要な部分は入っていますが、分散してしまっていて、やはりリスク教育というより科学リテラシー教育ガイドラインのように見えます。リスクの観点から並び替えや簡素化ができるのではないかと感じます。


3. 大学教育の目標は何かについてのご意見についてお聞かせください。(教養、専門家養成において何に重きを置いていくべきか)

大学教育の目標は1つではありません。大学の置かれている立場、個人によって異なります。

私が在籍している秋田県立大学のような地方大学に求められることの一つは、地域への貢献です。首都圏の大学とは違い、地方大学にはフィールドがありますので、海外、国際も大事ですが、その前に地元地域を見ることは当然で地域貢献は核だと思っています。

「立派な研究者を育てる」ことを目標に教育しても、実際に就職して研究者になる学生はそう多くありません。研究だけできる人を育ててどうする?ということです。もちろん、研究力をつければ、様々なところで応用はききます。しかし、研究しかできない人を社会は求めていません。

分野かまわず、自分なりに探求できる、自分なりの答えを引き出せる人を育てることは大学の役割と思います。

研究と社会への貢献とバランスを考えながら地域にかかわっていくような人材育成、教員が大学の外に関わる、大学の外への発信が大事だと思います。

教育に関して、制度を改善することも大事ですが、個々の学生の意識、価値観が変わることも必要です。「いい世の中とは?」、「何のための勉強?」、「自分が幸せに思えることは何?」などの問いに自分自身の解が持てるようになって欲しいです。

質の高い教育のためには、教育だけやっていたのでは行き詰ります。バックグラウンドとして教育者が自分の研究をもっていないとだめだと思います。研究や実践によって、科学観に魂が乗るというか、研究と行動の双方が教育のバックグラウンドに必要だと思います。つまり、何に重きを置くかと言うより、これらのバランスが大事だと思います。


4. 北海道大学など国際的な大学の連合体で、大学がESDを取り組むために作成している自己評価のガイドライン(the AUA Model)に関するご意見についてお聞かせください。
(英語版)
http://www.sustain.hokudai.ac.jp/aua/
(日本語版)
http://www.sustain.hokudai.ac.jp/aua/jp/

評価するのは大変むずかしいと思います。
点数化するのであれば、自己採点して、その結果を公開して、点数の経年変化やどのような自己採点しているのかを見て、大学が改善されているかどうかを社会が見ていけるような仕組みにしていくのがいいのではないでしょうか。

(注)
*1 詳しくは金澤伸浩「第15章リスクの基礎知識」、秋田県立大学経営システム工学科編『経営システム工学とその周辺』、横浜図書、2011年、pp.187-196、を参照。
*2 本稿は聞き取りをもとに角田季美枝が作成した草案を、金澤准教授に確認・加筆修正いただいたものである。
[PR]

by focusonrisk | 2012-02-04 00:59 | 聞き取り調査

慶応義塾大学 吉川肇子教授(チームクロスロード)

(特活)国際理解教育センター
日立環境財団プロジェクトチーム
聞き取り調査

実施日時:2011年10月24日(月)10:30~12:00
対象:慶應義塾大学 吉川肇子教授(チームクロスロード)
聞き取り調査者:角田季美枝、角田尚子、淺川和也

1 現在の日本社会におけるリスクコミュニケーションについて、何が課題と思われますか? 特に、3.11以降、活動への影響はどのようなものがございますか?

リスクコミュニケーションで「誰かに教わって学べば判断できる」というモデルは古いということです。実際に行われていることは知識の伝授、誤りの訂正です。「私の言うことをききなさい」、「私と同じになりなさい」、というのは考え直した方が良いと思います。

リスクコミュニケーションは、1980年代、ある種の社会運動として実践されてきましたが、ある言葉を必要としている社会的背景を知った方が良いと思います。リスクリテラシーを上げるだけはなく、参加、民主主義ということがリスクコミュニケーションという概念の誕生の背景にあります。(*1)


2. 日本社会の状況に対して、貴団体・組織がめざす貢献は何ですか? また、これまでの貴団体・組織の実践から、学んだこと、今後に活かしたいことは何ですか?

わたしは社会心理学の専攻で、シムソック(SIMSOC)を実施しました。これはアメリカの社会学者ギャムソンが開発したシミュレーションゲームです。1つの地域について4チームにわかれて、社会秩序の形成、対立、葛藤などを体験させて、2日がかりで行う大がかりな模擬社会ゲームです。10~20年経った今でも体験した学生から年賀状に「シムソックの合宿のことをいまでもしばしば思い出します」という便りが届きます。「ゲームの中で学んだことをいつまでもふりかえって考えている」ということだと思っています。

自由度があるロールプレイは、向いている人と向いていない人があると思います。防災ゲームのクロスロード(*2)を開発するときは、最初から「型にはめよう」と、状況カードに対してyes/noを表明するというデザインにしました。状況カードではジレンマを扱います。

クロスロードのyes/noは、現在、多数派予測、自分の意見とどちらもできるようにしてあります。最初は多数派予測だけだったのですが、実施していた最初の頃参加者から、「なぜ人の意見を想像しなくてはならないのか?」という問いが出されたので、わかりやすいよう、二通りのルールを用意しました。

クロスロードを実施している時、自分で考えもしないような意見を聞くことができる。それを体験するのが重要なのです。ゲームをやって効果があったと短期的な評価ではなく、ゲームをした帰り道、いろいろ考えたとなることをゲームの開発者としてはねらっています。できるだけ反芻させたいわけです。

また、一度だけではなく何度でもやってもらうようにすることが大事だと考えます。二度目はこうすれば一度目よりうまく行くと考えるはずですが、その学びが大事だと思っています。ですので、2回目をやりたくないような面白くないゲームは、教育に向かないと思います。

ゲームではふり返りやファシリテーションが大事です。クロスロードでは、ファシリテーターの技量をそれほど要求しない、わかりやすいルールにしました。 クロスロードを発想したきっかけの1つは、「道徳性の発達段階テスト」です。たとえば、「ハインツのジレンマ」という話があります。「がんで死に瀕している妻の病気を治すにはある薬を使った時だけです。その薬は非常に高価な薬であるため、夫はその値段の全てを用意できず相談したが断られてしまいました。そこで夫は薬屋に泥棒をして薬を手にいれました。夫はどうすべきだったか? 夫の行動は正しかったか?」という話です。クロスロードですと、「避難所に3000人いるのに2000食分しかない。どうする?」というような状況です。意見表明の理由を分析すれば、防災対応能力のテストにもつながるのでは、と当初考えました。ただ、その後やってみて、ゲームの中で話されていることこそが重要だと考えましたので、データを取るとか、テストを作るとか、このような初期の考え方は改めました。

環境問題のクロスロードはつくりづらいです。道徳の教材のようになってしまっておもしろくないのです。問題の作り方にもよるのですが、人間的な悩みが表現されていないからですたとえば、「レジ袋をスーパーでもらうかもらわないか」は見かけ上はyes/noだが、実際はどちらが正しいと思うか、その価値観というか、社会的な正解(現在は、多くの人がこちらの方が良いと思っている)聞いています。クロスロードにするなら「エコバックをもってスーパーに入ると万引きするように見えるかもしれないと考えてくよくよする」というような状況を問うた方が良いです。人間的な悩みを共有するのがクロスロードの本質だと思っています。

大ナマジンはすごろくゲームです(*3)。やっていただければわかりますが、2回に1回は地震につかまるよう設計しています。そのことで家庭の防災対応を考えてもらうということになっています。

ゲームではあまりにリアルなシミュレーションにしません。教科書で教えればすむことを、回りくどく教える意味はないと思います。

3. 今回わたしたちが開発しようとしている教材および人材育成プログラムについて、ご提案などございますか?

多様な価値観があるということ、価値観の折り合いをつけることを考えてもらえるような対話型の実践の推進、のようなものは、個人的には好みですが、もちろん設計者によって考え方が違うと思います。

テレビで最近放映されているライブ授業は、対話型のように見えますが、見かけ上そうなっているだけで、生徒(学生)同士が本当に対話しているのか疑問に感じると頃があります。対話しているのは先生と生徒で、それでは、従来の講義型とあまり変わらないのではないかと思います。本当に大事なのは、生徒同士で学びあったり、また生徒本人が自ら学ぶことだと思います。

【補足情報】
*1 詳細は、吉川肇子『リスク・コミュニケーション 相互理解とよりよい意思決定をめざして』(福村出版、1999年)を参照されたい。
*2 クロスロードについての概要は以下を参照。
http://www.bousai.go.jp/km/gst/kth19005.html
http://www.s-coop.net/rune/bousai/crossroad.html
また、クロスロードの開発の経緯や公表後の発展については以下を参照されたい。
矢守克也・吉川肇子・網代剛『防災ゲームで学ぶリスク・コミュニケーション クロスロードへの招待』ナカニシヤ出版、2005年
吉川肇子・矢守克也・杉浦淳吉『クロスロード・ネクスト 続:ゲームで学ぶリスク・コミュニケーション』ナカニシヤ出版、2009年
*3 大ナマジンについては以下を参照されたい。
http://www.s-coop.net/rune/bousai/sugoroku.html

(注)本稿は聞き取りをもとに角田季美枝が作成した草案を、吉川教授に確認・加筆修正いただいたものである。


【追加情報】

高岡 滋 @st7q
岩波書店「科学」1月号特集「リスクの語られ方」で、慶大・吉川肇子氏が紹介している「リスク・コミュニケーションの4つの義務」(Stallen & Coppock)に注目。①実務的義務、②道徳的義務、③心理的義務、④制度的義務。情報の送り手にこの義務を果たす意思があるかどうかが問題。
[PR]

by focusonrisk | 2012-02-01 23:23 | 聞き取り調査