大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 小林傳司教授

(特活)国際理解教育センター
日立環境財団プロジェクトチーム
聞き取り調査

実施日時 2011年8月8日(月)15:00~17:00
対象 大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 小林傳司教授
聞き取り調査者 角田季美枝


1. 現在の日本社会におけるリスクコミュニケーションについて、何が課題だと思われますか。

・3.11以降、リスクコミュニケーションの研究や活動についてすでに多額のお金が流れています。これから「リスコミバブル」になることは明らかです。「絶対安心」のパブリック・アクセプタンスがだめになったから、今度はリスコミであると。リスコミの諸外国のツールには何があるという研究をするのでしょう。しかし、それは何のためのリスクコミュニケーションなのか、そもそもリスクとは何?という議論が抜けてしまい、ツールの開発に専心してしまう危険があります。それが一番の問題です。

・研究者が自分のリアルな感覚をもとに問題を考えない、現場のない研究者による研究がおこなわれていることも問題です。

・日本においては「実験する」というカルチャーが弱すぎます。「本物は西洋にある」と視察に行くだけで終わりか、「成功しないのは日本社会に問題がある」という知的植民地(とくに文系の学問)の状況もあります。

2. 特に3.11以降、活動への影響にはどのようなものがございますか?

・今まで以上に目に見えないものを見えない状況で考えていかなければなりません。専門家はこのような状況でどのように考えていくのかという講義や活動をしています。直近では8月5日、コミュニケーションデザイン・センターでは大阪大学創立80周年記念関連事業「知のジムナスティックス~学問の臨床、人間力の鍛錬とは何か~」を学生との共同企画により開催、多彩なゲストで実施しました。ゲストの中には学生が企画して登壇が実現した方もいます(※記録者注1)。開催直後なので、まだその評価はわかりません。

※記録者注1
http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/(「お知らせ」の「2011年8月5日」)

3. 日本社会の状況に対して、貴団体・組織がめざす貢献は何ですか?

・大阪大学のコミュニケーションデザイン・センターは2005年4月に設立されました。このセンターの設立の背景には、阪大のミッション(社会が信頼できる専門家の育成)、副学長(当時)の鷲田清一さんの問題意識、とくに1990年代の日本社会におけるコミュニケーション機能不全症候群に対する問題意識、阪大での阪神・淡路大震災をふまえての「臨床哲学」の実践、さらに大学という文字情報に偏りすぎている場で文字以外の人間の表現を学ぶ場の必要性があります。私は2005年4月から着任しましたが、イギリスに留学していた1993年以降、私がやってきたこと(※記録者注2)と鷲田さんの実践がシンクロしていたのですね。このセンターは、日本の大学で初めて設立された、さまざまな領域の専門家と非専門家とのコミュニケーション推進、それを媒介するファシリテーター育成の恒常的機関で、大学院の教育・研究機関として位置づけられています(※記録者注3)。

※記録者注2
 科学技術に関する参加型テクノロジー・アセスメントのツールのひとつであるコンセンサス会議を日本で実践。詳細は小林傳司「これはそもそも学問なのか?という疑問は、外からも来るし、内側からも常に発生する」(鷲田清一監修『ドキュメント臨床哲学』大阪大学出版会、pp.132-143)、小林傳司『トランス・サイエンスの時代』(NTT出版、2007年)を参照。

※記録者注3
大阪大学コミュニケーションデザイン・センターの3つのミッション
(1)人材育成:全学の大学院生を主たる対象に、コミュニケーション教育を通した高度教養教育を行います。そのために独自の教育プログラムを作り、問題解決に向けて議論する双方向型のコミュニケーションを担いうる人材を養成します。
(2)社学連携:社会生活に深くかかわる問題の解決には、専門的知識をもつ者も含む多様なひとびとが、当事者として話し合い、協働することが大切だと考えます。そのために学内外の組織と連携し、コミュニケーションの回路を提案・実践します。
(3)研究活動:コミュニケーションデザインをめぐって理系・文系の研究者やデザイナー・プロジェクトの創発の拠点として機能しています。その成果は論文だけでなく多岐に渡る媒体を通して表現します。
(出典)http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/ver2/about/mission.php

4. これまでの貴団体・組織の実践から、学んだこと、今後に活かしたいことは何ですか?

・2009年9月26日、WWViewsという試みを実施しました。これはWorld Wide Viewsといいまして、デンマークの技術評価局(DBT)が気候変動枠組み条約の第15回締約国会議(2009年12月にデンマークのコペンハーゲンで開催)の前に、世界中の市民の意見を各国政府に届けようという目的で実施されたものです。日本では私に呼びかけがあり、私が実行委員長として大阪大学、上智大学が主催、北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニットが共催し、京都市で実施されました。全世界共通の手法(同日開催、同じ事前資料提供、同じ論点提示、同じ会議の手法)で実施されたのが特徴ですが、日本では参加する市民(105名)をマーケティング会社に選ぶ属性を提示し選んでもらいました(18歳以上、男女半々、人口統計をある程度反映した構成、地球温暖化問題のステークホルダーではないこと;記録者注4)。地球温暖化に関する専門家、NGO、NPO関係者を選ぶことはしなかったことに対して、NGO、NPO関係者からはなぜ自分たちを選ばないのかという声が届きました。「市民」とは何か、市民参加する「市民」は誰か、市民の声をどのように政治や政策につなげるかという課題がここにあります。市民の声を政治や政策に届ける専門家の養成が必要ではないかと思います。

・シティズンシップ、市民性の教育を提案していきたい。市民とは、具体的に自分の生活にひきつけて自分で考えて行動する人をいいます。そのような市民を育成することのできる専門家を育てる必要があります。

・このセンターの履修科目はすべて必修科目ではありません。学科横断的に履修できるようにしていますが、現在、学んでいる院生は約50人で、決して多いとはいえません。教員によっては、このセンターの科目を履修すより専門の研究や実験をちゃんとしろという人もいます。科学技術社会論(STS)では大学での就職先もないというのも現実です。

・阪大に限りませんが、全体的に大学生の質も低下しています。NPO、NGOがなぜNONという言葉で始まるのか理解しようとしない、また、ニュースを主体的に探したり見ることもない大学生が多いのです。新聞などでニュースを見ているのは40代以上ですね。若い人々が世界について知るための情報ルートと年長世代のそれとのギャップは大きい。今後、今の若い世代がどのような社会を創っていくのかを年長の世代が理解できるのかを考えると絶望的です。

・知的植民地である状況をどう変えていくことができるのか、自分で考えてこうしようという活動をしてそれを海外にもっていくような研究者、日本発の原案を提案できる研究者の養成を行いたい。しばらくはある種のエリート主義で行くしかないかなと感じているところです。

※記録者注4
WWViewsの詳細や結果は以下を参照のこと。
http://wwv-japan.net/

5. 今回わたしたちが開発しようとしている教材および人材育成プログラムについて、ご提案などございますか。

・3.11のあと、いろいろ読みましたが、ジョン・ダワーのインタビュー記事が印象に残っています。その中で、「個人の人生でもそうですが、国や社会の歴史においても、突然の事故や災害で、何が重要なことなのか気づく瞬間があります。すべてを新しい方法で、創造的な方法で考え直すことができるスペースが生まれるのです。関東大震災、敗戦といった歴史的瞬間は、こうしたスペースを広げました。そしていま、それが再び起きています。しかし、もたもたしているうちに、スペースはやがて閉じてしまうのです。」(「朝日新聞」2011年4月29日)と指摘していました。そのとおりで、3.11のあとあいたスペースも今、閉じられようとしています。しかし今回の大震災はとうてい閉じきれるものではありません。来年以降、いろいろ開発されたツールや経験が問われることになるでしょう。

・「正しい答えがない」ものについて、学校では教えてきませんでした。また学校には科目の壁があります。理科と社会の先生がお互いにしゃべる空間をつくれていませんので、理科と社会の先生がしゃべることのできる空間をつくっていくことが必要です。

・大学付属の中学校、高校もしくは中高一貫校の熱心な先生がいるところと連携できるといいと思います。

・小学校や中学校の教育を変えるには、学習指導要領を変える必要があります。学習指導要領を変えてその内容を実行するには、学校の先生を変える必要があり、そのためには大学の教員養成課程で教える教師を変える必要がありますが、それはかなりむずかしい。私自身、かつて大学の教員養成課程で教えた経験があり、日本の大学の教員養成課程がどういう空間なのかよく知っているのですが、教員養成課程で教える教師は、教科教育、教育学、理科/社会教育の3種類です。理科/社会教育で教えている教師は、本来であれば自分の研究をしたかったのであり、教員養成課程の教師として来たいと思っていないのです。またこの三者の間に交流はありません。

6. 教科書をつくる際に、ガイドラインの検討も同時に行ないたいと思います。何か、参考にすればと思われるガイドラインはございますか?

・そのようなガイドラインはありません。逆に、あったら知りたいので教えてほしい。

【ご紹介いただいた参考資料】
・鷲田清一監修、本間直樹・中岡成文編『ドキュメント臨床哲学』大阪大学出版会、2010年9月
・小林傳司『トランス・サイエンスの時代』NTT出版、2007年6月
・小林傳司「『参加』する市民は誰か」、『アステイオン』72(特集 なぜいま「市民力」か)2010年5月
・小林傳司「科学技術をめぐる『参加』の政治学」、筒井清忠編著『政治的リーダーと文化』千倉書房、2011年6月
・福島杏子、田中睦浩、若山恵美企画・編集『科学技術と社会の相互作用 平成22年度(2010年度)活動報告書』科学技術新興機構社会技術研究開発センター、2011年3月
・『日本からのメッセージ:地球温暖化を考える World Wide Views in Japan 〔記録集〕』①~⑤、World Wide Views in Japan 実行委員会、2010年9月
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by focusonrisk | 2011-09-15 22:53 | 聞き取り調査