横浜国立大学環境情報院特任教授 浦野紘平氏(エコケミストリー研究会代表) インタビュー

(特活)国際理解教育センター
日立環境財団プロジェクトチーム
聞き取り調査

実施日時 2011年8月2日(火)14:15~16:45
対象 横浜国立大学環境情報院特任教授・浦野紘平氏(エコケミストリー研究会代表)
聞き取り調査者 角田季美枝、角田尚子


1. 現在の日本社会におけるリスクコミュニケーションについて、何が課題だと思われますか。

・日本は大きな事故(リスク)に対して非常に弱い社会です。リスクに対する心構えが、企業にも政府にも議員にも国民にもありません。それでパニックになってしまうのです。
・日本社会の体質として、答えをひとつにする傾向があり、答えがいくつもあるという発想をさせないというものがあります。「日本人の個性」といってもいいのかもしれませんが、横並びを好むということがあります。
・多様性を認めない社会はリスクへの対応力が乏しくなります。
たとえば、ファミレスのステーキの脇にあるニンジンの大きさが同じでないというクレームに対応するために、大きなニンジンでも半分ほど捨てられてしまうと聞いています。ステーキというメインのものではなくサイドのニンジンになぜそのようなクレームがつくのか、私には理解できません。このような均一志向が、絶対安全を信じたり、安全か危険かの二分思考につながっています。
・また、文部省の役人には自然科学系がほとんどいなかったので、教育方法に自然科学的な発想が乏しかったことも、リスクに対する科学的思考の欠如に影響していると思います。いまは科学技術庁と一緒になったので、以前よりは少しは良くなってきていますが。

2. 特に3.11以降、活動への影響にはどのようなものがございますか?

・インターネットで放射能汚染に関する情報が非常に多く出されていますが、調べてみると、初期は極端な意見も多かったのですが、大勢はまともな方向に向かっていっていることが分かりました。しかし、マスコミ報道は、偏ったままで、あまり改善されていないことが分かりました。マスコミの記者やディレクターをどうするのか、大変悩ましく思っています。また、マスコミを頼りにせずに、インターネットで多くの情報を得るようにするのがよいのか、いやでもそうなるのかなどに注目しています。

3. 日本社会の状況に対して、貴団体・組織がめざす貢献は何ですか?

・エコケミストリー研究会は、客観的な事実を示すデータと、立場や性別、年齢等々の異なる方々の多様な意見や提案を発信し、会員に考えてもらうことを心がけています。
・人間が他の動物と違う点は、過去と現在と未来をつなげて考えることができること、東日本大震災の被災地や飢餓の進むアフリカのことも考えられること、時間や空間を広く考えることです。このことを、身近な事実を通して伝えていきたいと考えています。
・ひとりひとりが、科学的にではなく、理性的に広い角度から物事を考えられるようにすることが重要です。
・「科学的にではなく」というのは、科学の歴史をふりかえれば、科学があてにならないと言えるからです。いまでは微生物の作用とわかっている病気も、昔は呪いのせいとされていました。科学ではまだわかっていないことも多いと言う謙虚さが必要です。
・いまの常識も時間がたてば常識ではなくなってしまうこともありえます。たとえば、私が若いころは。タバコを吸うのが当たり前で、床屋でサービスとしてタバコを提供していました。
・誰かが決めた「正しい」を教えるのではなく、事実を伝えること、事実の原因は科学的にわかることとわからないことがありますが、そのような中で、理性的に判断していくことの重要性を伝えていくべきでだと考えています。
・「統計や事実」と「自分の生活」をどうつなげていくかが教育なのです。いくら統計や事実を知らせても個人のことまでわからない。自分の生活とつなげで確かめる能力、考える能力をどうつくっていくかがリスク教育の基本だと思っています。

4. これまでの貴団体・組織の実践から、学んだこと、今後に活かしたいことは何ですか?

・エコケミストリー研究会は、設立以来21年、非常に幅広い団体や個人の方に会員になっていただいた本格活動以来15年もたちました。これだけの期間活動が続けられた最大の理由は、まだまだ不十分ですが、立場や年齢等が異なる会員に、できるだけ共通な関心を持っていただくために、異なった立場や見方からの最新情報と今後の方向についての意見や提案を伝えるように努力してきたことをご理解いただけているからだと思っています。
・私個人としては、まだ環境教育やリスクコミュニケーションという言葉もなかったときに『みんなの地球』という漫画入りの本を、小学校高学年と親が一緒に勉強する教材としてつくりました。その後版も重ねて120万部発行されています。この本を実際に使った層は、私が想定した小学校高学年とその親以外に広がっていました。たとえば、高専や短大はもとより、東京大学の工学部、東北大学の大学院の教科書や、会社の新入社員研修のテキストとして使われました。韓国語版や中国語版も出ました。その経験から、いかに多くの人の共通の関心事を伝えることが大切であり、有効であるかを学びました。
・環境教育、リスクコミュニケーションというような専門的な言葉を使わずに、「安心できる生活をどのようにつくるのか」というような言葉で伝えるのがよいと思います。専門用語や専門家の発想でなく、消費者、子どものセンスや発想で伝えることが重要です。
・「安心できる生活をどのようにつくるのか」という問いは、見方によっては、先進国の勝手で贅沢な思想ともいえます。一方で、原子力や遺伝子組み換え作物、多くの合成化学物質のように、先進国発の科学技術が新しいリスクを生み出しています。これらをどこまで許容していくのかを、事実を基に考えるチャンスを与えていける活動が必要だと思っています。

5. 今回わたしたちが開発しようとしている教材および人材育成プログラムについて、ご提案などございますか。

・検定教科書や文部科学省の指導要領で教える内容が決まっています。教科ごと、学年ごとで細切れになっています。しかし、実際の環境問題は、教科書の区分はもとより、科学技術の区分、行政区分や国も超えています。このため、先生が細切れの状況をつなげるように工夫し、教科書の内容で身近な生活とつなげるような教え方ができれば、子どもが授業をおもしろいと評価します。そのような教え方の種を集めたような本を出版すると良いでしょう。そのような教材で、ある程度意識はあるが、動けない先生を応援することもできます。
・環境教育に熱心な小中高の先生が使えるような教材を、身近な話題を総合的に扱うことができる教科、とくに生物、地学、家政学等を専攻していた先生をターゲットに提供するといいでしょう。
・そのような熱心な活動をしている先生の活動を発掘して公表するのもいいでしょう。
このような先生の活動を応援し、熱心な先生の居心地を良くしていく以外に教育は改善できません。
・年代別にいえば、中学生はそれぞれの個性が出てきて微妙な時期なので、小学校高学年で使う教材に絞ったほうがいいでしょう。
・「リスク」という言葉を使う必要はありません。身近な生活を理性的に見る眼をもってもらうような教材を開発してください。
・「今があたりまえではない」ということも伝えていく必要があります。たとえば自動車。交通事故による死者は年間約6,000人で、以前に比べてかなり減りましたが、それでもこれは死者だけです。けがをした人、また死者やけが人の家族を考えれば、その数は非常に多くなります。また、年間約6,000人でも3年では約2万人。今回の大震災での死者・行方不明者に匹敵します。自動車による便利さとリスクをどう考えていくかというときに、自分のこととして、また未来の社会を考えられる人をどう育てていくのか。自らにひきつけた問いかけ方が必要です。「おばあちゃんが子どもだったころ、自動車はありませんでした。自分がおばあちゃんになるときには、どうなると思いますか? それで今はどうしたらよいと思いますか?」というような問いかけです。
・身近な生活の興味を引く事実で伝えていく。たとえば、「あなたは、空気を一日に12~18kgも吸っています。その空気に有害物質が入っていたら? それを一生吸っているととどうなるでしょうか?」
ただ、身近なだけではだめで、知らないであろう身近な事実、興味を引く身近な事実を示すことが必要です。たとえば、一握りの森の土に世界の人口と同じくらいの生物がいることや、自分の身体に数十兆匹もの細菌が棲んでいることなどを知ることで、自分が自然の一部であることを学び、自分を見直すことができる。そのことがまさに環境教育です。そうすれば、あるていどのリスクは受け入れざるをえないが、リスクを減らすことはできるということもわかってもらえるはずです。

6. 教材をつくる際に、ガイドラインの検討も同時に行ないたいと思います。何か、参考にすればと思われるガイドラインはございますか?

・既存の環境教育などのガイドラインは、どれでも似たようなことを整理しています(持続可能な社会、安全・安心、平和など)ので、こういうことを伝えたいという柱をもって編集する際の参考にはなります。しかし、それは教材を編集する人のためのものですので、教材にむりやり盛り込もうとしなくても良いのです。国ごとに環境も生活も違うので、教え方は違って当然ですから。
・ガイドや本の翻訳ではなく、日本人の感覚、生活にあった表現にすることが重要です。そうしないと自分たちのこととして受け止めてもらえませんから。

【ご紹介いただいた参考資料】
・浦野紘平『みんなの地球 第3版(改訂増補版)』オーム社、2001年
・浦野紘平「基準値等とリスクセンスの磨き方」、『化学物質と環境』No.107、エコケミストリー研究会、2011年5月

(注)本稿は聞き取りをもとに角田季美枝が作成した草案を、浦野特任教授に確認・加筆修正いただいたものである。
[PR]

by focusonrisk | 2011-08-17 09:40 | 聞き取り調査